私は今、心地良い疲労感に包まれている。
勇者ロトの握った伝説の剣を携え、アレフガルドの地に立ったあの日から、
私は数多の冒険をこなして来た。
苦戦の末、遂に邪悪の化身「竜王」を倒し、
ようやくひとときの休息を迎えることを許されたのだ。
休まず剣を振り続けた私の右腕はだるく痺れ、
この手記をしたためる指が震えるほどだ。
猛者どもを前に退くことなく大地を踏み締め続けた両足は棒のようで、
もう一歩たりとも歩けそうにない。
それでも、目標を達成した満足感、任務を成し遂げた充実感、
そして何より、皆の期待や先人の遺志に応えることができた誇りと喜びが、
私の心を大きく高揚させていたのだ……
とまあ、正に、RPGの主人公を追体験した気分である。なにって、剣神ドラゴンクエストですよ。赤外線受発信器と剣がセットになった例のおもちゃ。プラスチックに銀紙貼っただけのへちょい剣をテレビの前で振っているだけで、もう勇者気分。我ながら乗せられやすいとは思うが、やっぱりそれだけの魅力というものがこのゲームにはあるのではないかと。
最初はね、まあガキんちょ向けゲームの方程式に則ってるな、と感じた。画面に現れるザコキャラをモグラ叩きよろしくぺこぺこ切っていると、お金や経験値が溜まって、アイテム買ってパワーアップ、イベントシーンではミニゲームやって、てな具合。まあ★3つだなと。しかし、後半のステージに差しかかってくると、その印象が段々変わってきた。言葉通り、身体で違和感を感じ取った。
それはやっぱり、後半のボス敵の存在に依るものだろう。圧倒的破壊力で大量のザコを倒しまくる快感ってのは、ガンシューティングとかでも味わえるものなわけで、剣技の基本的なカタルシスといえば、タイマン勝負にあると思う。馬にでも乗っていない限り、鎧を着込んだ重い身体で避けたり逃げたりすれば体勢を立て直す前に追撃の的になるので、防御は専ら、受け(盾・鎧・剣)。お互いに至近距離からどちらかが倒れるまで攻撃し合う決闘。剣神のボス戦には、このニュアンスが生かされていたのだ。
なにせ、無闇やたらに斬りつけていても、ダメージを与えられない(≒ガードされる)。こちらのバリアが追いつかない程の猛攻撃が来る。攻撃も、防御も、そのバランス、タイミングを逸するとあっという間にやられてしまう。その上、体格差、実力差も存在する(何せ相手は人間じゃない)。
そんな強敵を前にし、我々の取れる行動は以下の3つであろう。
ひとつ、相手を上回る能力値を得る。ザコを倒しまくって経験値を稼ぎ、体力や魔力を上げまくる。力の強い者が勝つのは当然だ。
ふたつ、作戦を立て、知略により打ち勝つ。相手の弱点を探し、魔力の使い所と魔法の使い道をよく吟味し、常に安全圏を確保し続ければ負けなど有り得ない。
みっつ、ひたすら挑戦し続ける。運も実力のうち。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるし、相手が厄介な攻撃を運良く仕掛けてこないこともある。剣を無茶苦茶に振り回したって、こっちの攻撃が会心の一撃ばかりなら相手は沈むしかない。
さてさてよく見てみれば、これらはまさしく、RPG(コマンド選択式)のボス戦のノウハウでもある。それぞれ理念は違えど、皆の多くがこれらの筋道を取って戦ってきた筈だ。剣神ドラゴンクエストではそのどれもが実現可能だが、お薦めは勿論ふたつめである。このゲームでは、何度か戦えば大方相手の攻撃パターンや防御のスキを看破できるようになっている。子供向けのためもあって、特別難解な攻撃パターンを持つモンスターは現れない。コマンド選択式のRPGなら、後はじっくり時間を掛け、落ち着いてコマンドしていけば勝てる。プレイヤーがボタンを押すまでは時間は止まっているのだから、何も問題はない。
剣神では……無論、敵は待ってくれない。相手の攻撃パターンを完全に把握していても、身体が動かなければ大ダメージを食らうし、折角の大打撃の機会に攻撃をミスってショックを受けるのはざらである。畜生、相手はコンピュータだからミスなくて当然だろうとか文句を言っても始まらない。こちらはただ機敏に動き、相手の攻撃を読み、タイミングを逃さず反応し、相手の隙を窺い、正確に剣を振るのみ。「攻撃」とか言ってボタン連打するだけの普通のRPGとのあまりのギャップに泣けてくる運動不足の2●歳。防御がこんなに難しかったなんて!
白眉はラスボス「竜王」。僅かなスキも許されない。一時も休まず考え続けなければならないし、一時も休まず動き続けなければならない。全ての攻撃パターンを憶え、それに対応し、常に変化する戦局を掴み、堪え、勝負を掛け、戦い続けた先にしか勝利は見えてこない。
8分に及ぶ死闘を終え(その前に1時間以上掛けて15戦ほど負けた)遂にエンディングに到達した私は、畳にへたり込みながら、確かに一瞬、ほんの一瞬だけ、剣神の神髄を垣間見、そして勇者になれたような気がしたのだ。
これはそんなおもちゃである。
さて……
いつまでもこうして休んではいられない。
私の治める国を自らの手で作り上げるべく、未知の海原へとこの身を乗り出そう。
疲労の残る身体に鞭打ち、私は立ち上がる。
冒険は、まだまだ終わらない。