June 2002


太田忠司『紅の悲劇
柄刀一『幽霊船が消えるまで

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050太田忠司『紅の悲劇』(祥伝社)
★★☆☆☆

「では、君の考える真の力とは、何ですか。
友愛の心? 神への絶対的信頼? それとも内なる理性の声ですか」
「僕は、そういうものを含めて、それを『力』であると
考えてしまった時点で、まやかしに陥る危険性があると思っています。
相手に対抗したり屈伏させたりするための武器として
使うようなものではありませんからね」(P.71)

 太田氏の作品の中で最も本格度の高い霞田志郎シリーズ、待望の最新作。

 このシリーズでは毎度、テーマとなる芸術品を太田氏が舞台に盛り込み、その魅力を作中でしっかりと語ってくれるため、ロジック満載の解決編と共に、そちらにも期待して読んでいる。

 今回のテーマは、日本舞踊と、タイトルにもある「紅」。当然期待に夢を膨らませながら読んだのだが……

 結論としては、いまいちな出来である。

 理由を挙げると、まず何より、日本舞踊についての描写があまり挿入されていないという点。序盤で霞田兄妹が日本舞踊を見に行くのだが、本番直前に早くも事件が起こってしまい、肝心の舞踊シーンが全く描かれない。その後も、舞踊をビデオで見るシーンくらいしかなく、そこの描写も甘い。後書きで太田氏も「奥が深く、歯が立たなかった」と弁明しているものの、やはり残念な気持ちは拭えない。

 それから、前作『紫の悲劇』以来、悩める探偵、霞田志郎の周りを取り囲む環境が変化し、前作でも気にはなっていた部分がより顕著になってきている。具体的には、霞田志郎が過保護にされすぎている辺りと、それに覆い被さるように現れた新キャラクター、「男爵」こと桐原嘉彦の存在。

 自分が事件に深入りしすぎることを悩んでいた霞田が開き直った途端に周囲があれこれ気を使いだし、一種のバカ殿めいた空間が形成されつつあるのが読んでいて不快だし、さらにステロタイプな名探偵の出現により、物語の非現実性が増してしまっているようにしか思えない。ぶっちゃけて言えば、どちらもいったい何様?――って感じ。

 まあ、それらを帳消しにしてくれるロジカルな解決シーンがあれば何の問題もなかったんだけど、今回は解決も犯人も弱い。あらためて文章化してみると、いいとこなしだな。うーん。

 期待しているからこそ、辛口になってしまう。せっかくの大本命、霞田シリーズなんだから、太田氏にはもう少し練り込んで作ってもらいたい(とか言って、有栖川有栖の江上シリーズみたいになるとそれはそれで……と思うけど)。 to top



051柄刀一『幽霊船が消えるまで』(祥伝社)
★★★★

「社会から遊離してしまっている学者、研究者というものは、
危険をはらみかねないのだ。
肥大化した知識に慢心し、広範な心を見失う。
一般とはかけ離れた一点で優越して思いあがり、唯我独尊に陥る。
私も、何人も見た。医学を極めながら、患者や人の心を
まったく忖度しない発言しかできない人間どもをね。
天才が自分のことしか見なくなった時、
マッドサイエンティストが生まれてしまう」(P.291)

 あらゆる分野に及ぶ膨大な知識とそれを生かす柔軟な発想力を持ちながら、お人好しで生活能力の全くない天地龍之介。ひょんな事から彼を一時的に預かることになった従兄弟の天地光章は、彼を引き取ってくれる研究者、中畑保氏の行方を求めて今回も旅から旅へ。

 果たして彼らは中畑氏に会うことが出来るのか? 旅先で必ずと言っていいほど事件に巻き込まれる彼らに平穏の時は訪れるのか? 抱腹絶倒の連作短編シリーズ、第2弾。

 いやあ、今回もやってくれた。このシリーズの特徴として、事件の解決には、一般人の知らないような科学的知識が絡んでくるのだが、第2作にしてそれが極まった感じ。事件はあたかも龍之介に科学的に解明されるがために起こっている、と言っても過言ではないくらいの御都合主義ぶりである。

 最初はそれが鼻について、こんなものをミステリと呼んでいいのかと首を傾げたくなるのだが、後半のエピソードに行くほど物語の完成度が高くなり、いつの間にか、これはこれでいい、という気分になっている。いや、それどころか、科学的知識をちゃんと実用的に使って謎を解き、窮地を切り抜けていくという考え抜かれた展開は、見事としか言いようがない。へたな科学パズルの雑学書を読むなら、こっちの方をお薦めしたい。

 シリーズはまだまだ続く模様。楽しみである。 to top


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