May 2002


西澤保彦『聯愁殺
森博嗣『朽ちる散る落ちる
有栖川有栖『マレー鉄道の謎

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047西澤保彦『聯愁殺』(原書房)
★★★★

何でもいい。不幸のネタがひとつでもあれば天下御免だ。
人生楽勝である。その証拠に、見るがいい、
特に不幸らしい不幸を持ち合わせていない環境に置かれた者が
如何に他人から軽んじられるか。
世間知らずだの、苦労知らずの甘ちゃんだのと、
まるでこちらが何か悪いことをしたみたいに、
一段ランクの低い人間であるかのように扱われる。(P.71)

 これは、パズラーのように見えて実はそうではない。なぜなら物語のほぼ9割近くを占める論議の争点は、主人公を襲った犯人の「犯行動機」についてだからである。

 人の心の内というあやふやなものを論理的に導き出そうと、或いは定義付けようとする、それ自体からパズラーとしてのカタルシスは生まれない。全ては詭弁の一言で片付けられてしまうからだ。よって、この本の大部分は非常に空虚にならざるを得ない。

 それに加え、最初から全ての傍証が出そろっているわけではなく、論議が進むに連れて次々に新しい事実が発覚する。これでは全く持ってパズラーとは言えないだろう。

 しかし、だからといってこの小説が駄作であるとは言わない。なぜなら、西澤保彦はそういった本作の欠点を完全に理解した上で、敢えて刊行しているからだ。

 つまり……

 よくもまあ、ぬけぬけと。……脱帽である、ということ。 to top



048森博嗣『朽ちる散る落ちる』(講談社)
★★☆☆☆

「あの地下の密室を解くアイデアを思いついたの」練無は、両手を胸の前で
組み、目を細める。お祈りのポーズである。「もうね、究極の大トリックなんだから」
「え、何か、大がかりな仕掛け?」七夏は尋ねる。
「そうそうそう」練無は椅子を引き、そこに座った。「でもね、ロボットじゃないよ。
ロボットだって、思ったでしょう?」(P.194)

 「何のためにあるのか」。

 ミステリなら、そこをはっきりさせるべき。

 抽象的にいうなら、部屋。具体的にいうなら、筒。

 減点の理由は、そこだけであるし、そこ以外の部分については、現時点では何とも言えないように書かれている。

 伏線は回収するべきもの。でも、へっ君は、重要登場人物にしないで欲しい。 to top



049有栖川有栖『マレー鉄道の謎』(講談社)
★★★☆☆

「常ならざるほどに合理的な措置だよ。
合理も極まれば狂気に接近する」(P.295)

 昔本屋でバイトをしていた頃、暇つぶしにチェックしていた書店向けの新刊情報誌でその名前を見かけた。お、今度の新刊は国名シリーズか。しかし結局、翌月の店頭にはその題名を冠した本は並ばなかった。その翌月も、翌々月も……。

 あれから4年以上を経て、もはや世に出ることはない(かもしれない)とも噂されていた「マレー鉄道の謎」が遂に平台に姿を見せた。国名シリーズでは「ペルシャ猫の謎」に先を越されてしまったり、後書きで驚愕の事実(!)が明かされていたりと、色々難癖が付けられそうな作品ではあるが、まあ、何はともあれ目出度いことである。

 内容はシンプルな本格。例によって仲の良い推理作家有栖と火村助教授は二人でマレーシアへ。しかし、楽しいはずの旅行先で奇妙な事件が。勝手の分からない異国の地で、二人は密室の謎と、ある「悪」に相対する。

 密室トリックがメインの物語と聞いて少々不安になった(『46番目の密室』の例が……)ものの、読み進めていくと、さすがは有栖川有栖というところで、トラベル・ミステリーの体裁や人物描写などの要所はしっかりと押さえられていて好印象。帰国までに解決というタイムリミットを設けたおかげで、話の内容や舞台が拡散せず、スピーディな展開になっているのも上手い(その割に分厚いのは謎だが)。その上、直球のフーダニットとあっては、解決編に期待するなという方が無理である。

 ……が、やはりネックは密室だった。

 密室を出すこと自体は別に構わない。だが、AからBが言え、よってBからCが言える、という論理の積み重ねが重要なフーダニットにおいて、『密室を作り出せる人物は一人しかいない』云々という論理展開はいただけない。たとえ密室トリックのひとつの解法が提示されたとしても、それが唯一無二の解法であるという証明がされない限り、論理の礎にしてはいけないだろう。よほど状況の限定された密室ならばともかく、この作品の密室には隙がありすぎるのだ(少なくとも私は3つの解法を思いついた。正解には辿り着けなかったが)。

 密室部分以外の伏線の回収は見事だっただけに、なおさら惜しまれる。次こそはガチガチの犯人当てを読みたい。 to top


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