May 2006


伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す
森博嗣『εに誓って
東野圭吾『宿命
西尾維新『新本格魔法少女りすか

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182 伊坂幸太郎 『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社文庫)
★★★☆☆

どんな人間でも、たっぷり知識を詰め込んだ後は、実践に移りたくなるものだ
(P.9)

 続編もヒットし、映画化も果たした、痛快ピカレスク小説。今をときめく(ってすごい言い回しだな)人気作家、伊坂幸太郎、初体験。

 人の嘘が見抜ける成瀬、スリの達人久遠、秒単位で正確な体内時計を有する雪子、そして喋り魔の響野。4人は銀行強盗。ただ奪って逃げる、シンプルな手口で成功を重ねてきた彼らは今回も銀行を狙う。ところが、ひょんなことから現金輸送車を襲う別の銀行強盗グループと関わり合ってしまい、ついには死体まで発見! 果たして4人はどう立ち回るのか?

 ――といった感じで、物語はリズミカルに進んでいく。アクションというよりは4人の会話がメインで構成された、多少ブラックなスラップスティック。レザボア・ドッグス、パルプ・フィクションなどのタランティーノ映画の印象だ。

 ただ、肝心の会話内容についてはかなりセンスがない。日常会話におけるウィットの仕込み方が下手で、読んでいて恥ずかしくなることも多々。おそらく作者はアメリカンコメディの文法が好きで、それを日本舞台でやりたかったのだろうが、ややストレートに持ち込みすぎたというか、日本人向けにアレンジできていないように感じた。日本には日本の笑いの土壌というか、ウィットの形があるので、その辺りは清水義範でも読んで勉強して欲しい。

 あとまあ、落ちがあまりにもバレバレとか、成瀬が最強過ぎるとか、難癖付けられそうな部分は色々あるんだけれど、深く考えず気軽に読めるのは良いことだと思う。続編もそのうち読みたい。 to top



183 森博嗣 『εに誓って』(講談社)
★★★☆☆

「でも、なんとかしてあげたいという気持ちは強いです。
なにをしても良いというなら、銃を持って駆けつけます。
犯人を狙撃するのだってできるかも」(P.213)

 どこまで続くのか謎(多分10冊で終わりだろうが)のGシリーズ。今回はバスジャックという派手な事件を扱いながら、大部分の展開はやたら地味。もちろんそれが作者の狙いだということは、早いうちに想像が付くけれど。

 物語の大部分がバスの乗客達の思考描写に割かれているが、それについては非常に興味深かった。もちろんフィクションであるとは分かっているものの、それでもこういったトレースを試みることにはなにかしら価値があると、私は思う。

 それはきっと、有益かどうか、役に立つかどうか、とは別次元のシグニフィカンスだろう。

 それはそうと、今回いつもにも増して海月君が蚊帳の外なのが気になる。探偵役に謎が解けてもなにもできないというか、なにもすべきことがない、むしろしないことが望まれる、というのはミステリの構成としてどうなのだろうか。

 森博嗣の作品全般に言えることかもしれないが、犯人、あるいは仕掛け人の思惑が深すぎて事実上イレギュラーが起こり得ない展開というのは、つまり壮大な予定調和ってことになるわけで……。

 まあ、こんなことをつらつら書いても詮無き話か。少なくともシリーズ最初の方よりは面白くなってきているということで、続刊に期待。 to top



184 東野圭吾 『宿命』(講談社文庫)
★★★☆☆

死ぬ時は公平だ。
考えてみれば、人間の世界で唯一フェアな部分かもしれない。(P.68)

 作者が自身の新たな地平を切り開いたという、記念碑的作品。東野圭吾という作家を語る上で、外せない一作であることは間違いないだろう。

 少年時代、勇作は「レンガ病院」と呼ばれる趣深い病院の庭で、サナエという女性患者と仲良くなる。彼女は大人だったが、普通の大人とは少し違っていた。皆が気味悪がって病院に近付かなくなる中、勇作はしばしば一人でサナエと遊んだ。しかし、暫くして彼はサナエの死を知る。小学校に上がる直前、彼は気まぐれに病院へ赴き、そこで一人の見知らぬ少年に睨まれる。それが、勇作の後の人生を大きく変える「宿敵」との出会いだった。

 数奇な運命に翻弄されながらも歩んできた登場人物たち。細い伏線の糸がひとつの殺人事件を通じて絡まり合い、一枚の綾織りを編み上げる。そこに描き出されたものこそ、彼らが過去で交錯した一瞬の図案、宿命の真相だった。これを他愛ない偶然と見なすか、必然と捉えるかで、この作品の評価は変わってくる。私の感想としては、偶然にして必然、それ即ち『宿命』であるのかな、とそんなことを感じた。

 ミステリ的に肝心な殺害トリックやそれを解決に導くロジックは、洗練されたものながら非常に地味。しかし、これは敢えてそのようにしたのだろう。この物語において、殺人事件はただの切っ掛けに過ぎない。二人の人間の過去を繋ぐ宿命の真相を前に、猥雑な謎解きは邪魔でしかないのだから。東野圭吾に限らず、内田康夫や吉村達也など、こういったボリューム調節ができるからこそ、量産作家として大成できるのではないだろうか。

 先日本作がTVドラマ化されたものも観てみたが、その感想については言わぬが花だろう。 to top



185 西尾維新 『新本格魔法少女りすか』(講談社)
★★☆☆☆

「ううん。豚は豚なの。食べ物なの」
「食べ物か」
「おいしいの」
「おいしいか」(P.89)

 最近ラノベ分が足りなくなってきたので、こんな時のためにと秘蔵しておいた本書を引っ張り出し読了。新本格で魔法少女のりすかだそうだ。

 小学生であるぼく、供犠創貴と同級生で魔法少女の水倉りすかにはある共通の目的がある。そのために九州で暗躍する『魔法使い』や『魔法』使いを探しだし、戦う。ぼくは魔法を使えない。だからぼくが『時間』を稼ぎ、りすかが決める。それが『いつも通り』のやり方なのだ―― メフィストの連載に書き下ろしを加えた短編連作集。

 邪悪な魔法使いとの戦い、不思議な少女との日常、そしてピンチに変身――と、正に西尾維新版『魔法少女』ものといった手触り。フォーマットは非常にオーソドックスで、それほど奇を衒ったものはない。そして枝葉末節の異常さも、『作者的に』オーソドックス。魔法のルールに則った適度な謎も用意され、30分番組のように規則正しい起承転結。文句なし!

 ――というわけでもないな。今回も西尾維新らしく、語り手の性格が最大にして唯一のネック。キャラクタ的にはいーちゃんや櫃内様刻よりもさらに受け付けない。なんだか壮大な陰謀を目論んでいるあたりは、まあ小学生だから、ということでOKなのだが(私も子供の頃は今よりさらに馬鹿なことを考えていたものだし)、自分の考えが足りず、毎度状況が悪化するにも関わらず言い訳ばかり言って懲りないというか、オレ様最強姿勢を崩さないのがかなり可愛くない。

 例えばネタバレになるが、「やさしい魔法は使えない。」の謎なんて『どうしようもない低脳の普通人(できそこない)』であるところの私ですら瞬殺だったのに、語り手がまったくその可能性に思い至らないような描かれ方をしていたり、「影あるところに光あれ。」で敵の魔法の内容を知りながら『てっきり目隠しされて手錠や縄を掛けられていると思った』などという間抜けなことを言わせたりと、もうわざとやっているのかと思えるほどのピエロっぷり。あまりにもあからさまなので、もしや読者が心理的な優位に立てるようにとの計らいかとも思ったのだが、少なくともそれでは語り手が格好良くはならないよね。

 いい加減一人称一人語りという作者のスタイルに限界が来ているのかもしれない。続編も買ってはあるのでいずれ読むだろうが、モチベーションは下がり気味。 to top


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