※以下は全て、上巻を読み終えた段階で得られた情報に基づきます。また、引用部分の( )内のページ数は全て上巻のものです。
- 作品全体を包むトリック
- 「第1部と2部以降では、時代が違う。具体的にいえば、2部以降は過去、おそらく30年以上前の暗黒館が舞台となっている」
- ありきたりですね。でもこれしか思い付かなかったですよ。うう……
ともかく、この推理に至った作中表現を幾つか抜き出してみます。
今年の六月、たくさんの死傷者を出したあの大噴火。現在もなお活発な活動を続けているあの火の山で、ひょっとしたらまた大規模な爆発が発生したのかもしれない。(P.74)
- この、「あの火の山」は雲仙普賢岳ではない可能性があります。叙述トリックでは指示代名詞は疑ってかかるべきですよね。
下り坂が一段落し、さらにいくらか進んだところで、少年は異状に気づいた。タイヤの跡がいきなり大きく左手に逸れ、そのまま道の外に飛び出すようにして途切れているのだ。(P.165)
- ここは明らかにミスリードですよね。冒頭では河南は道なりに進んで崖崩れの跡に遭遇し、引き返して脇道に逸れています。少年の道程にはその描写がありません。脇道は進行方向からだと「ちょうど大きな木の陰に隠れた格好になって(P.47)」見過ごしやすいので、少年はおそらく道を真っ直ぐ進んだんでしょう。すると河南のものとは事故現場が違うということになります。
では、少年の見た事故現場は何だったのか。そこにあった死体は誰なのか。その答えは、以下の部分から推察できます。
……そう。暗黒館と呼ばれるこの浦登家の屋敷をめざして、僕は長い山道を車に揺られてきたのだ(P.402)
- 何だか違和感のある文章です。自分で車を運転してきたなら、「車に揺られて」などと回りくどい表現はしないのではないでしょうか。この場合、彼は車を運転していたのではなく、誰かの運転する車に同乗していたと考えるのが妥当でしょう。そして車は事故に遭い、運転手は――そう、少年の見た死体が運転手です――死亡。彼は一人、暗黒館へと辿り着いた。
さて、そうなると「ダリアの日」に先駆けて暗黒館にやってきたこの2人組が何者なのか、が気になってきます。そこで……
「悪巧み」という言葉が、当然ながら私の心には引っかかった。いったいどんな「悪巧み」を、首藤夫妻はしようとしていたのか。(P.525)
- この「悪巧み」のために首藤利吉が館を出たのだとしたら、そしてそれが「ダリアの日」に関係することなら、当然彼はもう戻ってきていなければおかしい。戻ってきてないということは、彼の身にアクシデントが起こった、即ち例の死体、運転手が利吉である可能性が高いと思います。すると、当然同乗していたのはその「悪巧み」の片役者、ということになります。では、その人物――「河南」とは誰なのか。
「河南」――みずからの手で書いた、これが僕の名だ。(中略)
これが自分の苗字であることは間違いない。(P.241)
河南は目を開け、スケッチブックの一頁に並べて置いた例の懐中時計を見やる。知っている、これは僕の持ち物だ(P.242)
- 上のように、彼は間違いなく「河南」であり、懐中時計も彼のものである、と書かれてあります。しかしながら、諸々の状況より彼は「河南孝明」ではない。そうなると、彼の正体は一人しかいません。
遠藤富重。河南孝明の母方の祖父です。苗字が違いますが、河南家の関係者であることは間違いありませんし、婿養子などに入って苗字が変わったのかもしれません。そして時計は彼の持ち物に間違いない。
- 以上から、2部以降が少なくとも河南孝明の祖父、富重が過去に体験した物語であるということが導かれるわけです。
「彼は、中村という男でしたが」(P.218)
建築家中村某の手に成る時島の洋館について、征順は説明を続ける。(P.504)
「もう死んでしまった男ですよ、彼は」(P.218)
- 上記のように、暗黒館の改修に加わった風変わりな建築家は下の名前が出てきません。舞台が30年以上前となると、青司はまだ死んでいないので、おそらく同姓の別人か、若しくは青司の父親の話なのでしょう。
- 殺人事件の犯人は誰か
- 「おそらく、遠藤富重」
- 作品のトリックから導き出せる答えがこれです。確たる証拠は皆無ですが(笑)。
上巻で発生したそれぞれの事件について順に考えていきましょう。
- <蛭山丈男殺害事件>
- 富重は隠し通路の存在を知らなかったので、普通に居間から寝室に侵入して殺害したのでしょう。問題は羽取しのぶの存在ですね。
- おそらく、彼女は部屋にいなかったのではないでしょうか。理由は分かりませんが、慎太を探しに行った、とか。部屋を開けていたことがばれると責められるので、黙っているのではないかと。グダグダの推理ですね。
- しかし、根拠がないわけではないのです。それは、破れていた色紙の問題。犯人が隠し通路を通らなかったとしたら、これが破れているのは何故なのか。当然、誰かが通路を通ったか、若しくは故意に破ったことになります。この状況で隠し通路に用がある人物はいないと思われるので、おそらく後者。となると、破ったのはそこに色紙が貼ってあったことを知っている人物、慎太かしのぶしか考えられません。このうち、破る動機があるとすればしのぶでしょう。しのぶは犯人が隠し通路を通ったと皆に思わせたかったのです。もし色紙が破れていなければ、隠し通路を通った人物はいないということになり、居間にいた、そして秘密裏に居間を開けていた自分が疑われるからです。
- <浦登望和殺害事件>
「――妙だな」
呟く玄児の声が間近で聞こえ、私は室内に目を戻した。
「ここには確か……」
「どうかしたのですか」
玄児は暖炉の前に立ち、難しい顔で顎の先を撫でまわしている。
(中略)
そうして今度はその場に屈み込み、取り上げた懐中電灯を点けると、暖炉の台座に片手を突いて炉室の中を覗き込みはじめるのだった。(P.638)
- この描写から、おそらくこの休憩室の暖炉に隠し通路が存在するものと思われます。
- そうなると、「犯人は何故隠し通路を使わず窓ガラスを割って逃げたのか」という疑問が生じますが、犯人が富重ならば問題ありません。富重は隠し通路の存在を知らないのですから。
- 以上です(根拠が少ない……)。
- 犯行動機は何か
- 「被害者たちを苦しみから救うため――即ち善意(?)」
- はい、もう訳が分かりません。しかしまあ、これぐらいしか考えようがないですね。
- <蛭山丈男殺害の動機>
きっともう、あの人の命は風前の灯火なのだ。それであんなに苦しんでいる。それであんなにも苦しんでいるのだ。
やがて発作の治まった怪我人の目が、うっすらと開かれたような気がした。その弱々しい視線と自分の視線とが、一瞬合ったような気もした。すでに蘇ってきていた記憶の断片――病状に伏した彼女の顔が、表情が、嫌でもそこに重なって見えた。(P.404)
- 富重は瀕死の蛭山を見て、苦しむ母親(無論、河南孝明の母ではない)にその印象を重ね合わせています。
- 「死なせて」という母親の希望を叶えてやれなかったことを悔やんでいた彼は、苦しむ蛭山を「救うため」に殺害します。
- ここにおかしな作為は存在せず、隠し通路の存在が状況をややこしくさせたのでしょう。
- <浦登望和殺害の動機>
「死ねないのさ、困ったことに。いくら死にたいと願っても彼女は死ねない」(P.481)
そこで河南は、彼女が望和という名前であることを知った。望和は玄児らに対しても、今しがた河南を相手にそうしたのとほとんど同じような訴えを繰り返し、そのうちやっと舞踏室を去っていった。その後の玄児たち二人の会話も、別に盗み聞きをしようと意図したわけでもなしに、おのずと耳に入ってきた。(P.595)
- 敢えて該当部分は挙げませんが、諸々の情報を総合するに、「ダリアの日」の宴で中也が食べさせられた肉は、所謂「人魚の肉」にあたるもの、正確には、多分「浦登ダリアの肉体」でしょう。彼女の死体は何らかの方法で保存され、「惑いの檻」の中に保管されていて、「ダリアの日」に鬼丸老が取りに行き、調理して少しずつ食べることで、肉体を不死に保つ効果があると浦登家では信じられているわけです。
- つまり、「人魚の肉」を食べた望和は「死にたくても死ねない」状態にあります。
- それを聞いた河南=富重は、彼女を「救うため」、殺害したのです。これも突発的犯行であり、その後の行動は先程挙げたとおりでしょう。
- 中也とは誰なのか
- 「神代舜之介」
- 2部以降が過去の話である以上、登場人物の中で妥当性があるのはこの人しかいません。建築学の元教授ですし。中村青司との付き合いは、やはり暗黒館以後に起こったものでしょう。
ただ、暗黒館については、「むかし聞いたかもしれんが、憶えておらんな(P.59)」と言い張っているんですよね。これは嘘をついているか、若しくは……
どうせ、暗黒館は最後に炎上するわけです。きっと中也はそこでまた記憶喪失になるんじゃないでしょうか。全て忘れてしまうわけです。そうなると、青司との付き合いは、彼が暗黒館に滞在したことを嗅ぎつけた青司の方から言い寄ってきたのかもしれませんね。
以上です。長々とお付き合いありがとうございました。
下巻を読んでいない以上、そこに上の推理と致命的な事実が出てくる可能性は十二分にありますが、現段階ではまあまあ纏まっているのではないでしょうか。
あ、ちなみに過去の玄遙殺害事件については、情報が少なすぎて判断不能です。これに富重が関わっている可能性はなさそうですしねぇ。
しかし、この推理が正解だとちょっと簡単すぎる&軽すぎるんですよね。これらは全部、作者の巧妙なミスリーディングであるという可能性もあながち有り得ないわけではないしなぁ。
まあ、大外れだったら存分に笑って下さい。
さあ、下巻に突入だ。