September 2004


西澤保彦『PuZZler
森博嗣『Φは壊れたね
綾辻行人『暗黒館の殺人』(上)(下)

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133 西澤保彦 『PuZZler』(集英社)
★★★★

 たしかに、泥臭い田舎娘だとばかり周囲に看做されていた娘が
メガネを外したら、あら不思議、意外に綺麗だったというのは
マンガや映画によくあるパターンだけれど。
それは本人に自覚がないという大前提に立ってこそ可愛げもあるわけでさ。(P.264)

 著者初のノンシリーズ短編集。それぞれに簡単な感想を。

蓮華の花 綾辻行人が書きそうな記憶もの。これは正に、裏「夏の夜会」といった趣き。混乱した記憶の陰に潜む作為。何ともいえない後味の悪さが心に響く。
卵が割れた後で 草むらで見つかった死体には腐った卵がぶつけられた跡があった……。
 導き出される真相はトリッキーだが、やや地味。どの部分がメインかが印象に残りづらい。
時計じかけの小鳥 父母の離婚は自分のせいだと思い悩む少女。久々に立ち寄った通りの書店で一冊の本を買うが……。
 うん、これは良い。過去の謎に迫る切っ掛けが面白いし、そこから意外な方向に膨らんでいく妄想推理も○。ラストはダーク西澤節でなお良し。
贋作「退職刑事」 都筑道夫のオマージュ。人間心理やそれに伴う行動が極端にデフォルメ(同じ条件下で必ず同じ行動をするなど)され、それが推理パズル式に解かれていくのは、加藤元浩のQ.E.D.シリーズを彷彿とさせる。
チープ・トリック 密室状態の廃教会で一人が殺され、一人が消えた。
 チープという割には大胆なトリック。どこか釈然としないなぁ、と思っていたらすっかり騙された。
アリバイ・ジ・アンビバレンス 事件の容疑者には完璧なアリバイがあるのになぜそれを証言しないのか?
 唯一コメディタッチ。ある理由から笑わない委員長のキャラが実に西澤っぽいというか。シリーズ化しそうな雰囲気。

 解説で貫井徳郎が述べているとおり、部分部分を採ってみれば論理的な展開になっているものの、全体の印象は「パズラー」という響きから想像されるものとは明らかに異なっているように思う。この作者の場合、ロジックを突き詰めているが故に本来表出することのない悪意や人間関係が浮き彫りにされるというモチーフが多く見られるが、そういった意味でも、本書は氏の代表作といって過言ではないだろう。

 「七回死んだ男」が合わなかったような人に敢えてお薦めしたい一作。深く先読みなどせず、素直に騙されるのが正しい読み方だと思う。 to top



134 森博嗣 『Φは壊れたね』(講談社)
★★☆☆☆

 推論が事件を直接解決することはないんだ。
法治国家にとって、それはあってはならないことだといっても良い。
推論とは、その推論を組み立てた本人にとっては真実でも、
他の者にとっては、あくまで一つの予測、あるいは予感にすぎない。
そんなもので、犯人を指摘することは、極めて原始的であり、
封建的な社会で横行したある種の犯罪と考えても、けして間違いではない(P.258)


 S&Mシリーズ、Vシリーズに続く、作者の新メインシリーズ。公表されている次作のタイトルが「Θは遊んでくれたよ」とのことで、どうやらギリシア文字を掲げたシリーズの模様。流石に24文字全部使うことはなさそうだが(Δは「黒猫の三角」で使ってしまったし)。

 さて、シリーズ第1作の本書には、帯のキャッチコピー通り西之園萌絵が再登場。というより、普通にS&Mシリーズの後日談で、メインの登場人物が現役大学生にシフトしただけ? シリーズ全体に対するトリッキーな仕掛けは今のところ見受けられないが、この作者のことだから安心はできない。

 内容としては、第1章で描かれる奇妙な密室殺人事件の謎を大学生たちがディスカッションして解いていくというオーソドックスなもの。純粋にネタで勝負、といった感じで、雰囲気はVシリーズに近い(といっても僅差だが)。珍しくテンポ良く話が進むので、ひょっとして事件のあった夜に全てが片づくのかと思ったが、そういうわけではなかった。しかし、近作につれ、物語内で語られる期間は短くなってきている印象。

 肝心のトリックと真相は、可もなく不可もなく。使い古された手とはいえ、ミスディレクションもしっかりと機能していて、手堅く纏められている。ただ、シリーズ1作目と考えるとややインパクトが弱い。

 キャラクタも、まだ西之園萌絵など既存キャラに引っ張られている感じで、立ちがいまいち。まあその分五月蠅くなくて良いんだけれど。でも探偵役は犀川先生の焼き直しっぽい雰囲気。

 ただ、本職の探偵らしき人物もちょい役で顔を見せており、この先のフォーマットがどう転ぶかはまだまだ未確定。正直、もう四季関係は飽きたので、この辺りですっぱりと縁を切って新たな人間関係を描いていってくれることを希望したい。 to top



135 綾辻行人 『暗黒館の殺人』(上)(下)(講談社)
★★★☆☆

「この屋敷は、そのようなことがあってもおかしくない"場"ですので。
昔からここでは、世の常識では満足に説明しきれぬようなことが、
幾度となく起こってきたのです」(下巻P.615)

 新本格ミステリ作家の大御所の一人である作者のメインシリーズとなる「館シリーズ」。その12年ぶり(!)となる新作が、ついに刊行。「IN POCKET」誌での足掛け3年に渡った連載の集成は、上下2巻に及ぶ大長編に仕上がった。トリックとロジック、騙しのテクニックに人並みならぬ拘りを持つ作者の、12年越しの腕前や如何に。

 物語は、熊本県にある暗黒館に雑誌編集者の河南孝明が単身訪ねていくところから始まるが、その冒頭からして既に胡散臭い。本作はシリーズ続編の扱いであり、時系列はシリーズ内の時間軸に準拠するため、必然的に前世紀の出来事となる。よって、携帯電話やインターネットなどの便利な小道具は一切登場せず、湖に浮かぶ小島の館という立地のお陰もあって、舞台は実に簡単にクローズドサークルと化す。そこは科学捜査など及ぶべきところではなく、指紋もDNAも無意味な記号に過ぎない。そう、そこでものを言うのはただ一つ、状況証拠によって組み立てられる純粋な論理のみ。こんな胡散臭い世界、ミステリ小説の中以外のどこにも存在しないだろう。作者はそのフォーマットを堅実に守ったのである。

 一通り案内されるだけで何百ページにも及ぶ描写が必要となる途方もない広さの暗黒館。そこに纏わる、遥か昔からの長大なる因縁。そして、「河南の来訪」という些細な切っ掛けから始まっていく新たな惨劇。それぞれの要素が長編一作分に相当するほどの密度の濃さを持ちつつ、最後には全てが融合するという構造――それを一つの物語として描き切った作者の手腕には確かに感服する。この作品を完成させたこと、それ自体に私は惜しみのない拍手を送りたい。

 しかし、それと作品自体の評価とはまた別物である。はっきり言って私はこの作品を駄作だと思う。理由は単純明快、「長すぎる」のだ。本書では実に多くのものが語られる。館。人間。歴史。ドラマ。因縁。殺人劇。トリック。ロジック。ペダントリー。ガジェット。それら語られる「もの」自体のレベルに対して、この「暗黒館の殺人」という物語は不相応に長すぎる。もちろんそれら全てをメインテーマの如く扱ったからこそ本書は長くなったのであろうが、出来上がったものは単に複数の物語の寄せ集まりに過ぎない。

 ひとつの物語を描く際には、必ずその物語にとって必要な要素のバランスとボリュームを整える必要がある。500枚に向いている物語もあれば、1000枚に向いた物語もある。作者は配分を間違えたのである。自分の描くものがよもや超大作になり得るという予感へのプレッシャーからか、連載でのアイデア不足からか、各要素を大袈裟に装飾し過ぎてしまい、最終的にそれを削ることも拒んだ。

 作者は早く気付くべきだったのだ。この物語は2分冊にするほどのものではない、ということに。こんなに大きな館は必要なかったし、これだけ多くの人間が語られる必要はなかった。歴史もドラマも因縁も殺人劇も、トリックもロジックもペダントリーもガジェットも、これほどの執拗な装飾を必要としない、至極薄っぺらなものだということを認識するべきだった。

 これは単なる中傷ではない。私は、この作者が既にそれぞれの要素について、より高い境地まで描ききっているのを知っている。具体的に挙げれば、私は本書よりも「十角館の殺人」により「殺人劇」や「トリック」を感じたし、「時計館の殺人」により「人間」や「因縁」を感じた。「霧越邸殺人事件」により「館」や「ペダントリー」を感じたし、囁きシリーズにより「歴史」や「ドラマ」を感じたし、殺人方程式シリーズにより「ロジック」や「ガジェット」を感じた。そしてそれらは皆、それぞれちゃんと必要最小限のコンパクトさで纏まっていた。それを成し得た作者が、いくら今までの集大成的作品とはいえ、「暗黒館の殺人」という物語にノベルス1冊分以上のボリュームが必要でないことに気付かない筈がない(気付いたなら削らない筈がない)のだ。

 もしこの物語が必要最小限の長さに纏まっていれば、私はその全ての要素を賞賛しただろう。実に残念な話である。全ては12年の歳月がもたらした曇りだと思うことにして、★3つ献上。

 以上、本書に倣って装飾過多気味に感想を書いてみた。一言でいえば「長すぎる割に大したことないんだよコラァ!」という内容である。

 蛇足として、上巻読了時における私の推理メモを以下にリンクしておく。結果としてはかなり的外れな内容だったのだが、恥を忍んで公開。ご笑読ください。無論、完全にネタバレなのでご注意を。

暗黒館の殺人の謎に対する私の予想

 作者にはもう少しペースを上げて欲しいところ。取り敢えず次の「軽やかな作品」に期待。 to top


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