001太田忠司『久遠堂事件』(徳間書店)
★★★★☆
奇妙なものだ。ここは一見、どこといって変哲のない、ただの和室である。
しかしこの部屋は、いや、この部屋を含む久遠堂全体は、巨大な涅槃像の
中にあるのだ。私たちは釈迦の腹の中にいるわけだ。(P.111)
待望の狩野俊介シリーズ最新作。おお、これはいいぞ。
このシリーズの目指す(と私が思っている)横溝ライクな雰囲気とトリック&ロジックの図式が見事に調和している。隠居した大会社の元社長の失踪、鄙びた村に伝わる天狗伝説と神隠しの謎、そこで起こる陰惨な殺戮事件、巨大な涅槃像に隠された謎、これらが実に見事に結びつき解決する様はお見事。
難点を上げるなら、解決のインパクトがやや少ない。但し、明かされる真相は非常にシンプルかつ明快で納得できる。
やはり重要な点は、作品に見合った謎や見せ場の構築および表現にある。少年探偵の活躍する牧歌的ミステリ世界(?)には、時刻表や緻密なロジックや叙述トリックは似合わない。推理コミックに出てきそうな突飛なトリックやシチュエーションを、小説として不自然にならない程度に抑え気味に表現し、外連とのバランスをとる筆致。そこに作者の手練れの技を感じた。
是非ともこの調子でどんどんこのシリーズは続けていってもらいたい。予告によれば、次は短編集。おそらく、殺人は起こらない。期待大。
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002荒木飛呂彦『バオー来訪者』(集英社)
★★★★☆
そして連載が始まり、どんどん話をすすめていくと、描いているうちに
「遺伝子」って何て不思議でスバらしいメカニズムであると同時に、
なんか悲しいところもあるなあと感じるようになって来た。
たぶん、運命のようなものが遺伝子の中に存在するからかもしれない。
(作者あとがき)
ジョジョファンになって10年経つ今更になって、初めてこの作品を読んだ。驚愕した。
これが打ち切り作品だとは信じられないくらいの完成度。続編などまるで必要ない。
逃亡するバオーに襲いかかる刺客の能力がやけに科学的に説明されている辺りが何とも飛呂彦らしい(何でも溶かすバオーの体液が何故バオー自身を溶かさないかが解説されていたり)。
キャラクタもいい。個性溢れる刺客の面々や、世界各地の様々な生物を兵器に改造する敵ボス「霞の目博士」。超能力少女カスミも可愛く描けている(荒木の絵では屈指の可愛さかも)。
荒木のジャンプ初期連載作品ではこれの他に『魔少年ビーティー』というものがあり(これも打ち切り)、こちらは悪の輝きを持った天才少年がトリックを駆使して「悪い大人」を懲らしめるブラック・コメディになっている。
肉体戦のバオーと頭脳戦のビーティー、この二つが融合し、ジョジョが生まれたといっても良い。そういった意味でも、『バオー来訪者』は荒木飛呂彦を語る上で重要な位置にある作品だと思う。
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003ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』(ハヤカワ)
★★★☆☆
「死がこわくないひとなんて、どこにもいませんわ。でも、いまのわたしのみには、
なんの危険もありませんもの。あなたにはわたしを殺せるはずがないわ。
人が殺されるのは、ふつう、その人の知っていることを口外させないためですよ。
知っていることを無理に話させるために、相手を殺すなんてひとは、どこを探しても
いるわけがない。殺したあとで、どうやって聞きだせるというんです?
そんなふうにピストルをつきつけられたって、やはり決定権はわたしにあるので、
あなたに移ったわけじゃありません。わたしにはいろいろ打つ手があります。
警察に電話してもいいのよ。でも、そんな気持はありません。
あなたがそれをひっこめるまで、こうやってすわって待っているつもり」(P.338)
ハヤカワミステリハンドブック堂々の第1位作品。再読だが、前に読んだのが相当昔なので細かい話の内容をすっかり忘れていた。真相とか(こら)。
大まかなストーリーは、殺人事件の容疑者にされた主人公が、アリバイ証言を求め事件当時に一緒にいた見ず知らずの女性を探そうと町中を奔走するも、その足取りが掴めないばかりか、2人が一緒にいるところを目撃した筈の人間たちが皆口を揃えて「そんな女はいなかった」と証言する。一体あの女性はどこへ消えてしまったのか……、といった感じ。のちに多くの亜流を産み出させ、一大「幻の女」ジャンルを作り上げた作品(古畑でもやっていたっけ)。
真相はまあ、そんなに上手くいくかな、という感じなのだが、物語の流れ(展開)は読んでいるだけでハラハラする。本格とサスペンスをバランス良く融合させた傑作だと思う。
万策尽きたかに見えた捜査の最後に射す「光明」が意外性抜群。
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004プロンジーニ&マルツバーグ『裁くのは誰か』(創元推理)
★★★★☆
驚愕はいつも、予期せぬ方向からやってくる。
森博嗣が推薦していたので購入。ほほう、これは凄い。最近読んだ洋物の中では一番新本格している。
任期満了近いアメリカ大統領。その支持率は最低をキープしていたが、彼は再選に望むつもりだった。波乱に満ちる政界で、あろうことか彼の味方の顔をして失脚を狙っている裏切り者に制裁を加えるべく、「われわれ」は動き出す……
確かに、森の書いているとおり、「ギリギリ」という印象。瀬戸際。フェアではないが、明らかに誤った描写はなく、アンフェアと切り捨てるには余りにも惜しい。それに、オチに気付かせない点においては、かの「ウエディング・ドレス」を遙かに越えている。もっとも、それがアンフェアと呼ばれる所以。私は「あり」だと思うな。ギリギリね。
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005石崎幸二『日曜日の沈黙』(講談社)
★★☆☆☆
「ええー? どういうわけなのよ……。わかったっ!
一気に、みんな殺されるんでしょ。考える暇もなく。
ほら、大量殺人で、血とか、ばあーって飛び散るやつ。
なんて言ったっけ? ええーと、す・す……」
「す・と・りっ・ぱ・あ?」(P.22)
メフィスト賞受賞作。いわゆる究極のトリックもの(と言って良いのか、有栖川有栖の『46番目の密室』みたいな奴)。この手のパターンはえてして失敗に終わるが、本書もいまいち成功しているとは思えない。
自殺したとされるあるミステリ作家の遺作である究極のトリックを求めて、ミステリーナイトに参加する曰くありげな登場人物たち。そこで事件が……というのがあらすじ。詰め込むだけ詰め込んであるものの、いまいち消化不足感が残ってしまうのが残念なところ。
登場人物も、いまさら人間が書けていない云々とは言わないが、「金田一少年の事件簿」さながらの、容疑者(被害者)を増やすためだけに出てくる脇役が多すぎて、見事に作者の手に余っている(というかそもそも描写する気がない)のが何とも言えず……
まあ、メインのどんでん返しと、女子高生探偵(二人はいらないが)のキャラはそれなり(業界用語?で言うところの、アレ系でナニ)なので、そこだけ楽しめばよいかも。
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006殊能将之『黒い仏』(講談社)
★★★☆☆
しかたなく、名探偵石動戯作は足を止め、
なるべく真に迫った恐怖の表情を心がけながら、大声で叫んだ。
「ああ、なんという恐ろしい大蜘蛛だ! このままではやられてしまうぞ!
ぼくは名探偵石動戯作なのに!」(P.127)
『ハサミ男』でデビュー作にして「このミス」入りを果たした殊能の、石動戯作シリーズの第2作目。前作『美濃牛』ではミノス神話っぽいモチーフを後半に持ってきていたが、今度は○○○○○神話。うーん。
やりたいことは非常によく判るんだよね。だから「試み」自体の評価は高いんだけど、個々のネタやシーンの融合が上手くいっていないために、何だかちぐはぐな印象を受けてしまう。それがマイナス点かと。
ただ、思わせぶりに探偵役を作っておきながら敢えて活用しないやり方は面白い。殊能をアンチ・ミステリの作家だという評はよく聞くが、本人は必ずしもそう考えてはいないのではないかと私には思える。
作家が真剣に本格ミステリを書こうとした場合、まず、俗に言う本格コード(名探偵、限られた容疑者、トリック、告発など)を入れようか入れまいかで悩まなくてはならない(無論、全く悩まない人も中にはいるが)。
殊能はおそらく後者を選んだのだろう。ただ、入れる振りだけをしたのでスマートな感じがしないのだ。
まあ逆に言えば、それが殊能のスタイルなのかもしれない。今後の期待は……持てる、気がする。
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007福本伸行・かわぐちかいじ『告白』(講談社)
★★★☆☆
舞台劇化を大いに希望。どこかの劇団でやって欲しいな。
トリッキーなストーリーを書かせたら天下一品の福本伸行の脚本を、『沈黙の艦隊』のかわぐちかいじが漫画化。
雪山登山中に遭難した二人の男。死を覚悟した一人の衝撃的な告白により、吹雪の山荘は張りつめた心理戦の舞台と化す。果たして生き残るのは……?
相変わらず面白い。たった二人しか登場しないのに、心理描写だけで一冊分緊迫感を持続させるシナリオは、『カイジ』の作者ならではの完成度。福本伸行自身の絵柄は取っつきにくいのが難だったので(それはそれで私は好きなのだが)、かわぐちかいじとのカップリングは正解かと。福本初心者はこれから入ると良いかも。
ただ、ミステリ的に言えば、伏線が丁寧に張られているために、途中でオチに気付く人はいるだろう。最後にもう一捻りあると良かったかもしれないが、まあこれはこういう話なので、あれこれ弄ろうとするとごちゃごちゃするだけ(デビッド・フィンチャーの「ゲーム」のようにね)かもしれない。
福本×かわぐちのペアは、同じ講談社から『生存』という別作品も出している。こちらもお勧めなんだけど、全3巻の続き物なので、買うときには注意が必要。
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008東野圭吾『嘘をもう一つだけ』(文藝春秋)
★★★☆☆
極上のロジックがあれば、トリックなど不必要だ。
もはや紹介するまでもないベテラン作家の、加賀刑事シリーズの短編集。
国内推理小説では今までにありそうでなかった(過去に法月や有栖川が1〜2作書いていたぐらい)、コロンボや古畑任三郎のような倒叙スタイルの連作。派手な展開や奇抜なトリックを避け、あくまで論理的な対話のみで描かれる5つの物語。それでも、ドラマ部分が決してお粗末ではない辺り、印象が良い。
ただ、これはこの作者の持ち味なのだろうけど、文章があまりにも淡々としすぎていて、いまいちドラマ部分の盛り上がりを削いでしまっているような気がする。古畑ほどまではいかなくとも、もう少しケレン味があってもよいのではないかな。
収録されている中で一番気に入った「冷たい灼熱」が、テレビ東京系でドラマ化されたので見てみた。例によって2時間サスペンスお得意の「余計なシーンを入れて重要なシーンを削り、別物にする」という技が炸裂。まあ、今作は削られたシーンはほぼなかったものの、50ページ足らずの短編を2時間のドラマにするのは無理があり過ぎるってば。
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009ギャビン・ライアル『深夜プラス1』(ハヤカワ)
★★★★★
男の美学って、誰が決めたわけでもないんですが……やっぱりこれだよなぁ。
ミステリハンドブック第2位を記録した傑作ハードボイルド。
すごいすごい。女・金・酒・車・銃。名誉・栄光・威信・友情・愛。古典的なハードボイルドの構成要素が一堂に会したという印象。
自分のポリシーを貫く企業人、人を殺すことに悩む殺し屋、一人の男を愛した女、そして過去の自分の幻影に縛られ生きている男。そのそれぞれの生き様が、一つの任務を共にこなす中で流れるように描かれる。
正に教科書的な内容ながら、ちっともステロタイプだとか古くさいと感じない。これはただ単に、ハードボイルドというジャンルが生まれてから現在までにあまり成長していないということに依る部分が大きいんだろうけど、それはむしろ悪いことではないのかも、と思った。
感想があまり言葉になって出てこないな。まあ「読め」、の一言で十分ってことで。
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010太田忠司『遊戯の終わり』(実業之日本社)
★★★☆☆
「でも、あなたには探偵になってもらいたくない」
「どうして?」
「心を弄ぶひとだから」(P.105)
なんと六年ぶりの藤森涼子シリーズの新作連作短編集。この作者の書く中で最もハードボイルドしているシリーズの筈なんだけど……ん?
何だかこれはハードボイルドじゃないぞ。
うーむ。これはミステリだ。霞田シリーズを読んでいるような気になってしまったぞ。些細な手がかりからずばずばと真相を言い当てる藤森涼子が何だか別人のようだ。
ロジックの完成度はまずまずだし、最後の書き下ろしも面白かったのでまあ不満はないんだけど、やっぱり期待していたものと違うと妙な気分になるなあ。ずっと待っていたシリーズだけに、なおさらね。
そんなわけで、一番気に入ったのは『冷たい矢』。この作者らしい皮肉さと小ネタながらもぴりっと山椒のように利いた謎解きがバランスよく合わさっていい味を出している。テーマ的にも都会の小さな暗部を取り扱っていて、ハードボイルドな感じがした。
決して悪い作品ではない。でも藤森涼子がこの方向性で進むなら、もうハードボイルドは阿南さんにしか期待できないのか?
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011恩田陸『六番目の小夜子』(新潮社)
★★★☆☆
正体が明らかにされないまま、連綿と続いていくものもある。
主人公たちの通う高校に伝わる『サヨコ』という一種の儀式を巡り、様々な出来事が巻き起こる。
物語は春夏秋冬の四つの章と、翌年の春の章(エピローグ)で語られる。それぞれの章の中でクライマックスが作られており、読者を飽きさせない。ジャンルも章ごとで微妙に異なり、連作短編を読んでいるような気分になる。
学校という、社会においてある意味で特異な空間を最大限に生かした描写力は秀逸(前半、少し引っかかるが)。全ての謎が解決されないラストも、余韻を残していて良い感じだ。
学校には何かがいる。そう。それは確かだと、この本を読んで再認識した。
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012石崎幸二『あなたがいない島』(講談社)
★★★☆☆
「じゃあ、石崎さんが賭けるのは全自動卓の代金ね。一応請求書渡しとくから」ミリアが石崎に請求書を渡した。
「ああ。だが俺は負けないぞ。ふふふ」石崎が笑うと、ミリア、ユリ、まみの三人も笑った。
「それじゃあ、わたしは女のプライドを賭けるわ」
「わたしもプライドを賭ける」
「わたしもプライドを賭けちゃいます」(P.260)
前作、『日曜日の沈黙』に続くシリーズのデビュー第2作。いつの間にか、ミリアとユリの所属するミステリィ研の顧問になっていたミステリィマニアの石崎。喧しい二人を引き連れ、意気揚々と合宿に出発する。しかし、案の定、二人が持ち出してきた無人島ツアーは怪しげな企画だった。次々に起こる怪事件。果たして石崎はセクハラの汚名を晴らせるのか―じゃなくて事件の謎を解けるのか?
ミリア&ユリの爆発ボケ&トークのせいで、全く話が進まない。つまり、その脱線的な会話が楽しめれば、この作品は堪能できるのだろう。私は半々といったところ。徐々にツボに嵌りつつある自分が怖い。(笑)
内容についても、ミステリ色は確かに薄いが、前作に比べれば十分に魅力的だと思う(だって、「究極のトリック」じゃあねえ)。謎解きやクライマックスの逆転劇もまあまあだったので、ライトミステリ好きにはそれなりにお勧めかと。石崎のミステリマニアぶりがちゃんと複線になっているのがちょっと面白かった。
ま、今後も買うと思う。
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013トマス・ハリス『羊たちの沈黙』(新潮社)
★★★★☆
悪がカッコいいって感覚、衝撃的だったなぁ。
ハンニバル映画公開、ということで再読。
遙か昔に読んでいたせいで内容をど忘れしていたが、あらためて良い作品だと再認識。レクターや上司クローフォドと相対するクラリスとの機知に富んだやり取りが、もう最高に面白い。
プロファイリングで連続殺人犯を特定する課程も、レクターの脱走劇も、豊かな表現力を持ちつつもケレンに走らない端正な筆致でぐいぐい読ませる。素直に上手い文章だ(訳者の筆力もあると思うが)。
ハンニバル(映画)はいまいちだったのだが、原作を読めば意見が変わる可能性は十二分にありそう。シリーズ第1作の『レッド・ドラゴン』も読みたくなってきた。
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014西澤保彦『謎亭論処』(祥伝社)
★★★☆☆
宴会したいときは、西澤作品を読ませるに限る。
このミスベスト10入りした前作、『依存』に引き続く、匠千暁シリーズ最新作。といっても、短編集だったりする。処女作『解体諸因』のように、大学生時代の千暁たちのみではなく、女子校教師になったボアン先輩や、○○後のウサコ(ああ……ついに)などを主役とした短編も混ざっていて、また作品間の時系列がややこしくなった感じ。
まあ、もっぱら謎を解くのは千暁なんで良いのだが(固定探偵役好き)。
そして噂の、麦酒の家リターンズも収録。こりゃお買い得だ!
……と思ったんだけど、うーむ。
どうも匠千暁シリーズというのは、私の中では、妄想推理の応酬というか、本筋からまるでかけ離れた脱線推理を読んで楽しむものだという認識がある。だから、はっきり言ってしまえば、寄り道をしているページ的余裕のない短編には向かないのではないかなぁ、とこれを読んで思ってしまった。
もちろん、最初の雰囲気の割に陰惨な真相が導かれる、とか、仕返しするなんて名目を付けてもやぁぁっぱり酒飲むんかい、といった『今までのパターン』はしっかり踏襲しているので、そのへんの期待は十分に満たされた。中にはウサコ編など、ちゃんと妄想推理続出な話もあって良かったし。タックとタカチは作者公認だし。ウサコだし。(←?)
でも、麦酒の家が……ちょっとがっかり。
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015古処誠二『少年たちの密室』(講談社)
★★★★★
あらゆるものの犠牲の上に、社会は成り立っている。そろそろ気付こう。
おやぁ、こりゃすごいぞ。
メフィスト賞のデビュー作『UNKNOWN』がいまいちだったので全然期待しておらず、しかも前半は――ああ、やっぱりこの人、相変わらず人物造形がステロタイプだわ。こんな奴いるかボケ――とか思って読んでいたんだけど、後半になって盛り返す盛り返す。いやあ、驚きだ。
ネタバレになるから詳しく書けないが、まさかアレまでミスディレクションに利用するとは……わざとじゃないかも知れないけど、結果的に脱帽。
私の中では、例え理解者や賛同者が減るとしても、ある一つの目的のために他の大部分を犠牲にするという作品づくりは評価が高い。わかりやすい例では黒田研二氏の『ウエディング・ドレス』。あれは、「メイントリック」を犠牲にして「犯人」を隠すという、高度且つ冒険的な手法を取っていると私は判断している。無論、本人にその気があったかどうかは知らないが。
この作品も、同様の評価ができると思う。また、それは一度きりしか使えない手法であることも言える。だから、この作品そのものに対する私の評価は高いが、古処誠二という作家への評価はまだまだ保留。
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016いしかわじゅん『鉄槌!』(角川書店)
★★★☆☆
鉄槌が与えられるべきなのは、果たして日本なのか?
極寒の山中でスキーバスに置いてけぼりを食らった怒りの体験を雑誌で発表したら、なんとその旅行会社から訴状が! 法外な裁判費用、日本語の書けない弁護士、偽証人のでっち上げ……。初めての裁判経験を素人の視点から書き起こした痛快エッセイ。
いやあ、まさに日本人気質(?)っていうやつが垣間見える話だ。結局、裁判は作者側に軍配という形で和解になるのだが、旅行会社側は過失は認めたものの、数々の偽証は認めず。謝罪はするけど私は悪くない、とか、穏便に事を進めるためには過失のない側にも妥協が必要だ、などという、日本でしか通用しない論理が続出する。
私は別に、その、言ってみれば「なあなあ」な物事の考え方というのは嫌いではない。実際に、それでうまくいっている組織や人間関係があるのは事実なのだから。ただ、だったら――結局「なあなあ」で片づけるくらいなら――最初から訴えたりするな、おかしなプライドを振りかざすな、ということ。
全部が全部曖昧ならば問題は起こらないが、一ヶ所を正確に定めようとすると、必ずすべてを正確に定めたくなってしまう人間が現れる(それが私だ)。旅行会社側のミスはそこを甘く見ていたこと。もし提訴などせず、鷹揚に構えて無視していれば、結果的にこの裁判が多くの人間に知れることはなく、会社のイメージがさらにダウンするということ(実際にはダウンしたかどうか知らないが)にはならなかっただろう。
そして、今の今更になってこんな本が出版されることもまた、なかったのではないだろうか。きっとね。
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017古処誠二『未完成』(講談社)
★★★☆☆
獄門島・角島・初音島――それらに次ぐ、ミステリの新たなる島。
(え、カレイドスコープ島? さぁ……)
『UNKNOWN』事件で結成した浅香二尉・野上三曹の自衛官コンビが帰ってきた。今度の調査の舞台は絶海の孤島にある分屯基地。射撃訓練の最中に、あろう事か小銃が一丁消え失せるという不可解な事件に、過去の自衛官失踪事件が絡む。
前作『少年たちの密室』に驚かされた古処の最新刊は、やはり社会派と本格の融合を狙った、自衛隊内での不可能犯罪。ミステリの舞台では定番となりつつある孤島ネタ(孤島独特の論理に裏打ちされた世界観の利用)を、うまく自衛隊と結びつけてリアリティを出すことに成功している。そのあたりの構成はもう脱帽と言うほかなし。
前二作では気になったステロタイプなキャラ造形も、今回は目立たなかったし、筆力は確実に成長していると思う。
ただ、これだけは言いたい。どうしても本格のロジック部分が甘いのだ。小銃消失の謎の解は、あっけないほど単純且つ安易なもので、解決シーンは拍子抜けをしてしまう。
もちろん、重いテーマ部分で読ませてくれはするし、そちらがメインなのはわかるが、だったらいっそのこと、中途半端なケレンを出して不可能状況など作らなければよかったのではないだろうか。どうもこの人、論理の整合性を重視しすぎて大きな謎を構成できないのではないか、と勘ぐってしまう。
また、後半に持ち上がってくる朝鮮問題は、あまりに唐突すぎる。全体的なテーマにもこのままでは今一合っていないと思うし、もう少し伏線を張っておいた方よかったのでは?
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018笠井潔・編『八ヶ岳「雪密室」の謎』(原書房)
★★★☆☆
布施氏のご冥福をお祈りすると同時に、
すてきな謎を残してくれたことに感謝します。
1988年、笠井潔を中心に集まったミステリ作家・編集者スキーツアー一行は、折からの大雪のせいで出発から問題が続出。その上、へとへとになって辿り着いた宿泊施設であるロッジの扉が、なんと固く閉ざされてしまった。それも、鍵を中においたまま、編集者の一人がロッジの外から見守る中で、独りでに……
その経験を書き綴った編集者布施謙一と作家二階堂黎人の二つの手記を元に、ミステリ作家たちが「雪密室」の謎を解き明かすという、なかなかおもしろい趣向の本。実体験ということもあって、謎自体は単純だが、それを元に回答作家陣の導き出す推理はまさに千差万別・奇想天外。さすが皆さんプロである。
特に良かったのは斉藤肇と喜国雅彦かな。まるで正反対を行く論理性なんだけれど(どっちがどっちかは推して知るべし)。
結局、現実問題としての解答は導かれないままに終わるのだが、こういう解けない謎というのもまた一興という感じで楽しいかも(無論、清涼院のアレはだめだって)。
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