April 2002


乾くるみ『マリオネット症候群
ダシール・ハメット『マルタの鷹
森博嗣『捻れ屋敷の利鈍
はやみねかおる『人形は笑わない
殊能将之『鏡の中は日曜日
北山猛邦『『クロック城』殺人事件
浅暮三文『左眼を忘れた男
乾くるみ『Jの神話
高田崇史『QED 百人一首の呪

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038乾くるみ『マリオネット症候群』(徳間デュアル)
★★★☆☆

やっぱこの人、まともな話を書こうとする気はないらしい……

 個人的に評価が微妙な作家、乾くるみの新刊。まさかこの人がライトノベル系に進出してくるとは思いもよらなかった。

 ある朝目覚めると、自分の体が誰かに乗っ取られているのに気付く。不可解な現象に戸惑いつつも、何とかその状態を打破しようと奮闘する痛快コメディ。

 ……と思いきや、途中から乾節が炸裂。全く予想もしなかった方向に物語は転がっていく。いや、やられた。まさかこうくるとは。

 この作者の持ち味であるブラックな感性が、破綻気味のストーリーとオチの後味の悪さを上手く目隠しできている好例。これはあれだな。毒をもって毒を制す、いや、毒食わば皿まで、ってところ。

 まあとにかく、私としては面白かったから良し。でも、ミステリ読み以外の人の感想が気になるなぁ。 to top



039ダシール・ハメット『マルタの鷹』(創元推理)
★★★☆☆


感想は準備中です to top




040森博嗣『捻れ屋敷の利鈍』(講談社)
★★★☆☆

「あと二時間で思いつこうと決めていただけです」萌絵は言った。「変ですか?
でも、思いつこうと思わなければ、思いつかないでしょう?
 考えなければ、アイデアは浮かびません。
突然、何もしていないのに思いつくなんてことはないはずです」(P.160)

 講談社が打ち出した企画、密室本シリーズの一冊。このシリーズ、200頁ほどの、中編と言ってもいい厚さの本をまるごと袋綴じにしてあるんだけど、単に読む前の手間が増えているだけで、余り良い企画とは言えない。店頭でぱらぱら捲ってみることが出来ないので、帯と裏表紙の粗筋を参考にして本を買うしかなく、私のようにネタバレを気にして粗筋が読めない人間としては、どうしても買うのに躊躇してしまう。森博嗣はシリーズものだし、「デフォルト買い」の作家だから買わないことはないが、薄さの割に値段は高いし、足下見られている気がしてちょっと不愉快。どうせなら解答編だけ袋綴じにした方がいいのに。密室本というテイストはそれでも出せるんだし。

 とまあ、講談社に対する文句はこれぐらいにして、内容の感想。

 企画ものの1作品なのに、瀬在丸シリーズを持ってくるのはどうか、と思ったら、成る程そういうことか。しかし、それなら西之園萌絵をもう少しメインに持ってくるべきだったのではないかと。どっちみち、犀川&萌絵シリーズも瀬在丸シリーズも知らない読者にとっては読み辛い作品になっているんだけど。

 2つの密室トリックについては、どっちもいまいち。特に捻れ屋敷の方は、期待していただけに、その解決法(トリックではなくロジック)はないだろう、とがっかり。エンジェル・マヌーバの方も、おまけっぽいネタ。とりあえず「みんな気付けよ!」と犀川先生の気持ちにはなれた。

 最後のあからさまな挑戦状。しかし……矛盾してないか? ぶるぶる人形とか。まだ騙されているってことかな。

 こういう遊び心は好みだからついつい買ってしまうんだよな。今度こそスマートなロジックに期待。 to top



041はやみねかおる『人形は笑わない』(講談社青い鳥)
★★☆☆☆

いちど、本気モードの夢水清四郎が見てみたい。
講談社ノベルスかなんかで(虹北恭助なんか書いてないで)。

 もはやお馴染みの夢水清四郎シリーズ久々の現代編。

 わたし、こと亜衣の所属する文芸部が予算削除を言い渡され、大ピンチ。起死回生を狙う文芸部は、自ら映画を撮影し、そのノベライズで(あくまでも文芸部なので)儲けようと、一同は人形師が建てた怪しげな塔のある村にやってきた。そこで巻き起こる奇怪な事件の数々……

 てな感じの話なのだが、映画撮影のどたばたにページを取られて、ミステリ的にはパワーダウンかな。前作までの大江戸編は、時代劇が主筋だったにも関わらず、本格ミステリ部分もしっかり作られていて感激した分、今回はちょっと期待はずれかと。過去の話に終始して、現在部分で事件らしい事件が起こらなかったのがマイナス点。

 青い鳥文庫で新シリーズも始まるようだし、次回に期待。 to top



042殊能将之『鏡の中は日曜日』(講談社)
★★★★

「ツェランはイマージュの詩人であり、自分に取り憑いたイマージュを
そのまま言葉に定着させようとしました。一方、マラルメは形式の詩人でした。
マラルメにとって、イマージュとは形式から生まれるものだったのです。
形式によって生じる美や意味というものがあるんじゃないでしょうか。
まったく自由奔放に書くことが、はたして想像力の発露といえるかどうか、
わたしには疑問ですね」(P.154)

 うわあ、やられた。すっかり騙された。殊能氏のことなので、色々用心して掛かったのに。よくもまあ、こんな手の込んだことを……。コード本格に対するオマージュともアンチテーゼとも取れるところがなんとも。

 というわけで素直にお薦め。御都合主義だろうがなんだろうが、新本格ミステリ(殊能氏の作品で言えば、ハサミ男なんか)が好きな人なら楽しめるのではないだろうか。

 ただ、惜しいのは、梵貝荘事件のトリックの方にもう少し力を入れてくれれば、より傑作になっただろうということ。あと、参考文献は……(笑)自分の首絞めてる? でも、どうして『霧越邸殺人事件』が入っていなかったのか疑問。

 あと1つ、どうしても気になったのは――智子さんはどうなってしまったの? to top



043北山猛邦『『クロック城』殺人事件』(講談社)
★★★☆☆

 いつの間にか、車の正面に傘をさした菜美が立っていた。深い紺色の傘から、大量の雨粒が零れている。水しぶきに彼女が煙って見えた。手を振りながら、近づいてくる。
「魔女みたいな格好だな」
「私はよい魔女だよ」(P.35)

 第24回メフィスト賞受賞作品。全体的に支離滅裂でラストも落ちてない、書き殴りっぱなしタイプの作品で低評価なんだけれど、○○を○○の代わりに使うという発想は面白かったのでプラス点。

 あまり書くことがない。主人公ヘタレ、とか。近未来SFっぽい設定がミステリに生かされていない、とか。でも、無理に生かすと物語が破綻するだろう、とか。

 あと、メイントリックは、袋綴じにするまでもなかったような……

 なんだかシリーズっぽいので、次作に期待はしてみる。 to top



044浅暮三文『左眼を忘れた男』(講談社)
★★★★★

 駄目だ。落ちている物を拾っちゃ。お母さんに大目玉を食らうぞ。
それにこれは玩具でもなんでもない。面白くもおかしくもないただの眼球なんだ。(P.81)

 浅暮三文はとても不思議な作家である。圧倒的な筆力でわけの分からない世界を描く。イメージの具現化、ということの表現において、彼は他の者の追随を許さない。というより、彼と同じイメージを視覚的に描こうとする作家がいないのだ。この辺、いずれ詳しく述べたいが、とにかく彼は、まったくもって、希有な作家といえるのである。

 この物語も、枠組みは私の崖はこの夏のアウトラインだったりマリオネット症候群だったりするのだが、彼の描く「世界」はそれらとは全く異なっている。いや、森博嗣や乾くるみがそれらのシチュエーションで「(実質的な)物語」を紡ごうとしているのに対して、浅暮はその「シチュエーション=世界」自体を「物語」として描いているのだ。

 普通、我々が特異なシチュエーションを重視するのは、それが物語に対する「演出」として働くからであり、「演出」が豊かなほど物語の面白みや深み、インパクトが増すからである。

 よって、物語を無視してシチュエーションのみを求めるのは本末転倒と言え、その志向をわかりやすく類型化すれば、それはフェティシズムに相当するのではないかと私は思う。

 要するに、浅暮三文はフェティシズムの作家なのだ。それも、靴だの下着だの女子高生だのという現実的なものではなく、ネコミミだの妖精だのという幻想的なものでもなく、もっと他人が考えつきもしないイメージを具現化させることに対してのフェチなのではないか。

 これはもちろん私の妄想に過ぎないのだが、彼の構築した世界にどっぷりと浸かっていると、やがて、物語は「演出」として挿入されているに過ぎないのだ、ということがわかってくる。そして、確かに、そういった作品が存在するのも悪くはない、と思えてくるのである。 to top



045乾くるみ『Jの神話』(講談社)
★★☆☆☆

 戦いは既に終わっていた。
悪魔の勝利の喇叭(らっぱ)が高らかに、少女の心の中で吹き鳴らされていた。
その悪魔の手から逃れるために、少女がとれる唯一の手段。
 ……それが死だった。(P.9)

 非常に完成度の高い18禁アドベンチャーゲームのシナリオ。

 ええと、以上(笑)。昔、そんな感じのゲームがあったなあと(何故知っているのかは聞かないで欲しい)。

 だって、これはどうみてもミステリじゃない。殺人事件もその解法も、ミステリ的手法をまるで用いていない。かといってホラーかというと、そうでもない。まるで怖くないし。この物語が成立しえるジャンルは、インモラルな閉鎖的空間で、なし崩し的にエロなシーンが展開されても良いジャンル、即ち最初の一文になるわけ。

 ただ、素材として考えれば、ミステリ的なものが扱われていないわけでもない。つまり、味付け次第で、もっとサプライズを出すこともできた筈。そのあたりは、もったいないとしか言いようがない。 to top



046高田崇史『QED 百人一首の呪』(講談社)
★★★☆☆

「――ではここで一つ質問だが。何故、百人一首カルタ取りは年に一回、
正月にしか行われないのだ? カルタは一年中あるぞ」(P.309)

 以後、QEDシリーズの連続刊行で歴史ミステリ界を席巻したこの作者の第1作にして、メフィスト賞受賞作。

 歴史ミステリというジャンルはあまり得意ではない。それは、私の歴史に対する知識のなさに起因するもので、例えば「○○天皇の正体は○○だったのだ!」などと盛り上げられても、それが誰かすら知らなかったりして、事の真偽が判断できず、せっかくのサプライズが得られなかったりするためだ。

 そんなわけで、どうしてもこういう作品を読むときには身構えてしまう。恐る恐る読んではみたが、やはり百人一首の謎がどうの、という部分に関しては、面白い発想だと感心する反面、そんなに辻褄が合うなら、どうしてそれが定説になっていないんだ? という疑問の方が先に湧いてきてしまう。

 結局、鯨統一郎の「明らかに嘘八百並べ立ててるトンデモ歴史推理」の方が楽しめてしまうな、と悲しくも思ってしまったりして。

 で、ミステリ部分の方は、可もなく不可もなくといったところ。重要なポイントになっている、ある登場人物の特徴に関しては、もう少し練り混んだ方が良かったかと思う。

 聞くところによると、この先どんどん面白くなっていくらしいので、ちょっと歴史を予習してから挑戦してみようかな。 to top


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