054西澤保彦『人形幻戯』(講談社)
★★★☆☆
超能力は万能でも、それを使っているのは人間なわけで……
超能力犯罪者を補導するため、日夜奮闘する超能力問題秘密対策委員会(略してチョーモンイン)相談員の神麻嗣子と神余響子。懇意の警察官たちや知恵袋のミステリ作家、保科匡緒の手を借りて、複雑に絡まる超能力事件の謎を解け! シリーズ最新刊。
このシリーズのコンセプトでは、不可能状況が超能力によって起こされていることが明らかにされ(ハウダニットを廃し)、場合によっては殺人犯人すらも判明された上で、「超能力者は誰か(フーダニット)」及び「何故超能力を使ったのか(ホワイダニット)」という謎に取り組んでいく形がメインとなっている。よって、超能力自体は謎を引き起こした張本人(超能力者)の歪んだ願望を実現させるための手段として描かれているに過ぎず、それによって垣間見えるのは、誇張またはデフォルメされた人間の精神の醜さである。
通常のミステリでも、犯人の動機がテーマになる作品はあるが、そこにはミステリのコード的な御都合主義(都合良く事件が起こらなくてはミステリにならない)はあるものの、リアリティが歯止めの役割を果たし、動機の謎というジャンル自体が大きな広がりを見せることはない。消極的には復讐か防衛手段、積極的には財産目当てか犯罪行為それ自体が目的、そんなところだろう。
しかし、超能力の存在によってリアリティの境界線が揺るげば、人間本来の思想はどこまでも外界に流れ出す。そして超能力はそれを受け止め、事件として具現化し、ここに新たなる動機の謎が確立されるという寸法である。
つまり、このシリーズは著者の他のシリーズなどよりよっぽど妄想事件・妄想推理の度合いが高いのである。幻想的、いや、もはや「超能力的」とも呼べる人間の妄想が紡ぎ出す物語は、正にファンタジー。一歩間違えば大ボラ、「そんなわけあるかー!」と叫びたくなる作品群であろう。著者はよくこんな危ない橋を渡り続けている、と微妙なところで感心してしまう。
本作では様々な超能力が引き起こす7編の短編を収録。お気に入りは、ラストの余韻が切ない「おもいでの行方」かな。作品全体のストーリーにも徐々に動きが見え隠れしだしているようで。個人的には、このシリーズには長編が向いていると思うので、クライマックスはそちらに期待。
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055霧舎巧『四月は霧の00密室』(講談社)
★★★★☆
「実はね、学園の伝説には裏バージョンがあるのよ」(P.22)
いや、正直驚いた。
霧舎巧といえば、新進気鋭の本格ミステリ作家という肩書きに先んじて、あまり声に出して読みたくない(というか黙読も少々辛い)ヘタウマ80年代ラブコメミステリ作家という鮮烈な印象が脳裏に張り付き、ついつい敬遠対象にしてしまっていたのだが、ようやくどちらの肩書きにも実力が追いついてきたという感じ(自分で書いておいて何だが、酷い言い様だ)。
事件の謎は、小粒ながらも良くできていて感心。捜査や推理の流れも、《開かずの扉》研究会シリーズに比べて不自然には感じなかった。このレベルが維持できるなら、シリーズにしても十分読める。
密室本で全編袋綴じになっていようが、1ページ目から折り込みで「霧舎学園高等学校入学案内」が丸ごと挿入されていようが、「遅刻遅刻〜」とか言いながら入学初日に走って登校する主人公(女)が不慮の事故で男子学生とぶつかった拍子にキスしようが、恋のライバル同士が「推理で勝負!」とかやっていようが、全部読み終わる頃には許せるから良し。
思うに、この作者は長編が苦手なのではないだろうか。下手に連続殺人事件にして話を引き延ばすより、本作のような中編くらいの厚さで1本のネタに絞った方が狙い所がはっきりする。そういう意味で、これは今まで読んだ密室本の中で一番バランスが良かった。続編もこれぐらいの厚さのようなので、ちょっと期待。
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056殊能将之『樒/榁』(講談社)
★★★☆☆
だが、小説のいったいどこに人間がいるというのだ。
ここにあるのはたんなる文字の羅列であり、
ページに印刷された無数の活字であり、
たやすくデータに変換できる記号列であり、
つまるところは白い紙の上の黒い染みに過ぎない。(P.52)
待望の殊能将之新刊にして、密室本企画。400円文庫が出ているご時世に、この厚さで700円はやっぱり高すぎ。あっと言う間に読めてしまうんだもんなぁ。
さてさて、今回も色々と仕掛けを施してくれている。この中編(というか、これはもう短編クラスだが)は、「樒」と「榁」の2編に分かれ、それぞれが独立した謎と解決編を有しながらも、様々な部分でリンクし合うという、しかしミステリとしてはややオーソドックスな作り。この作者としては、やけに素直な展開だな――と思いきや、出てきた、殊能節。
いや、最初はファンサービスかな、と思ったんだが。こうもストレートに来るとは。でも、いくらアンチミステリとは言え、これはさすがに反則じゃないのかね。過去作品に対する未練はないのか、この人。
というわけで。前作、
『鏡の中は日曜日』の読了後に手をつけることをお勧めしたい。作者の本意ではないのかもしれないが、ミステリファンとしてはこう言わざるを得ない。
未だに読めない、殊能将之の思考。あなどりがたし。
あ、今作に限っていえば、凡作といって差し支えはないと思うよ。念の為。
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057新堂冬樹『血塗られた神話』(講談社)
★★★☆☆
結局人間は、間違いを犯しながら
善悪の区別をつけていくものだと私は思います。(P.66)
第8回メフィスト賞受賞作品。熾烈な取り立てにより悪魔と恐れられた過去のある金融会社社長、野田秋人。ある女性との邂逅、そして離別が彼を変え、現在は客に対する思い遣りも持てる落ち着いた性格となっていた。そんな折り、客の一人が殺され、その遺体の一部が彼に送りつけられてきた。一体誰が、何のために。自分が過去に犯してきた数え切れない罪の残滓に怯える野田。警察にすら疑われた彼は、自分の身一つを頼りに孤独な調査を進める。やがて、事件の背後にあの女性の影がちらつきはじめ……
端正なハードボイルドである。文章はまだ若いが、一人の女性の幻影を追い求める主人公の心情が丁寧に描かれており、好感が持てる。クライマックスの駆け抜けるような展開もそつなく纏められており、大きな意外性こそないが、十分に楽しめた。
しかし、その主人公の心情描写やそつのない展開が、物語をきれいきれいした後味の軽いものにしてしまっている。人間は(善に対しても悪に対しても)もっと乱雑で、粗野で、醜く汚いものだ。鮮烈な汚濁描写こそが、地に足の着いた人間を生み出し、しこりのような読後感を読者に与える。そういった意味で、応援の気持ちを込め、この作品には「甘い」という評価を下したい。
デビュー以後、著者は金融業界を舞台とする数々の作品を発表している。良い作品を書く素質は十分にあると思うので、それらには大きな期待が持てそうである。
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058柄刀一『殺意は幽霊館から』(祥伝社)
★★★☆☆
それは痛いわ。龍之介は私と同じく、
ホテルが用意している突っ掛けを履いている。
そして、素足だ。そこへハイヒールの踵。
「あれは、たまらんからなぁ」通勤電車でのかつての体験、
その痛撃を私は思い出す。
「面積当たりの体重のかかり方がきついのよね」
「そうですね」龍之介の目に、ふっと数学マニアの光が浮かぶ。
「体重が、例えば……、一美さんの体重は幾らですか?」(P.22)
科学知識によるトリック解明がモチーフとなる天才・天地龍之介シリーズの最新作。今回は祥伝社400円文庫の一冊として表題中編の書き下ろしである。
いつもお世話になっているお礼にと龍之介に招待され、温泉地にやってきた従兄弟の光章たち。幽霊館と呼ばれる廃屋が近くにあるホテルに宿泊することになったのだが、間欠泉見学に行く道筋、通りかかった幽霊館の壁に浮遊する幽霊の姿が! 確認のため幽霊館に足を踏み入れた光章たちは、ひょんなことから殺人事件の容疑者にされてしまう。果たして龍之介は幽霊の謎を解けるのか?
このシリーズでは意外な方面から事件解決の糸口となる科学知識が披露されるのだが、今回もその例。幽霊の正体=犯人特定の根拠になっている。確かにその発想は面白いのだが、いくらなんでも
偶然でしたってのはいかがなものかと。その後に明らかにされる死体消失の謎の方が面白かったりするし。
まあ、この話を連作集の中の一編と見なせば、それなりの出来なのだが、単発刊行の作品としてはインパクトが弱すぎると思う。短編向けのシリーズであることは重々承知しているが、次は連続殺人事件なんかのもっと大きなネタを取り上げた、確固とした長編作品を読んでみたい。
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