071浅暮三文『殺しも鯖もMで始まる』(講談社)
★★★☆☆
「なんていうんだろう、これ。僕にはまるでギリシャ語だけど。
ただ相手は自分のタマネギをよく知っているんだな。
そうそう、まさしくロープをよく知ってる。
馬鹿な奴だ。死んでるのに横になろうとしないなんて。
どうせ縛り首なら子羊を盗むより親羊ってわけか」
(P.70)
メフィスト賞作家を対象とした密室本企画に、満を持して浅暮三文が登場。著者初の本格ミステリの出来映えは如何に。
来た。来ましたよ、浅暮三文。オーソドックスなミステリだよ。おかしな探偵役がいて不可能犯罪。間の抜けたダイイングメッセージ。クローズドサークル。山崎。そりゃもう期待するなって方が無理でしょう、ねえ。
で、結果としては、ううむ、こんなもんか。駄目じゃないんだけど、あまりに期待が大きすぎたみたい。数多くの密室ものが孕む問題点がやっぱりネックに。「
わざわざ密室にしなくてもいい」じゃん。
あと、ダイイング・メッセージもちょっと無理があるかと。
漢和辞典を持ち出す謎解きは面白かったんで、あとはそこをもう少し発展させた方が良かったんじゃないかな。ちなみに私はその時本当に
漢和辞典を用意して調べ出したところ、全く別の犯人に辿り着いた。ちょっと捨てるには惜しいので、以下にリンクを張っておく(読了後に覗いてください)。
ダイイング・メッセージの別解
まあへんてこなノリは(さすがに浅暮さんだけあって)良かったので、シリーズ化希望。探偵役が探偵役だけに、事件には遭遇しやすいだろうし。でも、やっぱりあの警句連発は分かりづらい&読みづらいぞ(全部本当にありそうだけど)。
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072貫井徳郎『慟哭』(東京創元社)
★★★☆☆
「いいか、宗教はビジネスなんだ。法律にしっかりと守られたビジネスなんだよ。
つまりひとつの企業だ。企業が人攫いをすると思うか」(P.329)
各所で絶賛される、著者のデビュー作。
タイトルの通り、狂おしいまでの慟哭が文中から放たれているのがわかる。表現などは若々しいが、その威圧感溢れる筆力は既にベテランの域に達していて、北村薫の解説に表された、『練達』の言葉がそのままぴったり当てはまる。きっと、これを読む誰もが満足のうちに結末を迎えられる。そう確信できる、安心感のある筆致である。
ただ、その結末自体は、きっと誰もを満足させるものにはならないだろう。とみに、ある特殊な『人種』たち相手には。
残念なのは、私もその『人種』の中の一人だったということ。本当にそれは不幸なことだ。
最終行の突き放したような台詞に、私はこの作品のすべての魅力が凝縮されていると思う。これが書ける人は、きっとそうはいない。
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073森博嗣『虚空の逆マトリクス』(講談社)
★★★☆☆
「プレゼントの価値は、名目とは無関係だ」
「いいえ。それは先生の認識が間違っています。
もう、どうしてもってことなら、今日をお誕生日にしますよ。
ああもう、そうしよう!
一年に二つ歳を取れば、先生に追いつきますものね」
「十三年後には追い抜く」(P.252)
著者の4冊目の短編集。掲載作品は、相変わらずジャンルの幅が広い。
トロイの木馬 | 岡崎二郎や押井守(アヴァロン)を思わせる世界設定。となると、オチは読める。 |
赤いドレスのメアリィ | 都市伝説にこういうものってあったよね。高橋葉介風味。 |
不良探偵 | ある意味論理パズル。なかなかいい。 |
話好きのタクシードライバ | 私なら寝た振りする。 |
ゲームの国 | シリーズ? くたんくたんモナカは良い。 |
探偵の孤影 | 単純だが効果的。 |
いつ入れ替わった? | これで終わりかな? |
今回、ミステリ色は特に薄め。新シリーズの予定はあるのだろうか。
……リリおばさんだったりして。
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074エーリヒ・ケストナー『雪の中の三人男』(東京創元社)
★★★☆☆
倹約は英雄を生む。(P.212)
広告の懸賞で雪山リゾートホテルのバカンスを当てたのは、百万長者のトーブラーと、失業中の貧乏青年フリッツ。トーブラーは気まぐれを起こし、貧乏人に変装してホテルに出向くが、その情報を前もって知っていたホテル側は、先にホテルに着いたフリッツを百万長者と勘違いする。果たしてバカンスの行方は?
我孫子武丸が推薦していたので本格かと思って手に取ったら、何とも心暖まるスラップスティックだった。全体的に古典喜劇風というか、使い古された道具立てのシチュエーションドラマのため目新しさは皆無だが、洗練された台詞回しが小気味よく、飽きることはない。
全体的にいい人側の心理がピックアップされているためか、風刺を交えたストーリーにも毒はあまり感じられなかった。大金持ちのトーブラーが嫌みな性格だったらこうは行かなかっただろう。彼が貧乏青年と対等の立場で語り合い、やっと本当の友達ができたと喜ぶ姿は微笑ましい。
すかっとする爽快感や強烈なインパクトこそないが、手元に置いて時々読み返したい一冊。
この優しい物語が、永遠に続けばいいのにと思った。
(我孫子武丸・薦)
雪だるまが登場人物表にあるのが粋な計らいだ(まあ、これは出版社が付けたんだろうけどね)。
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