July 2004


京極夏彦『百器徒然袋――風
宮部みゆき『ICO−霧の城−
浦賀和宏『眠りの牢獄

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129京極夏彦『百器徒然袋――風』(講談社)
★★★☆☆

「制裁を加えるのは探偵の仕事ではないぞ。
探偵は経緯と構造を解き明かすのが本分なのであって、
その結果現れた事象に就いて、
それがどれだけバランスを欠く形であったとしても――
均衡を取るような真似をしてはならないのだ。
均衡をとって秩序を保のは司直の仕事だ。
だから探偵小説はそこで終わるのが正しいのだ」(P.105)


 どんな難事件もすっきり粉砕。天性の薔薇十字探偵榎木津礼二郎の暴虐ぶりと、黒衣の拝み屋の蘊蓄ぶりと、哀れな下僕たちの狼狽ぶりを笑う物語、第2弾。今回も3つの中編を収録。

五徳猫

 妖怪画家鳥山石燕が創作した妖怪である五徳猫。作者がこいつをどう物語に絡めるのかとわくわくしながら読んでみたが、結果としては少々強引にくっつけたかな、という印象。同じ石燕の創作妖怪がテーマだった「狂骨の夢」では、漠然とした「骨の夢」から物語が始まったが、今回も「猫の怪」から五徳猫に話をスライドさせている。個人的にはこいつが何で百器徒然袋(器物の妖怪、いわゆる付喪神の画集)に載っているのか、という辺りについて言及して欲しかった。

 とはいえ、物語の核になっている招き猫に関するくだりは興味深かった。右とか左が云々というネタは知っていたが、起源についての解釈が面白い。

 この作者の新作に目を通すのが久しぶりだったためか、導入部分のリーダビリティが低く感じられ、なかなか読み進められなかったのだが、京極堂が出てきた瞬間からするする読めるようになる。キャラ読み要素もあるが、やっぱり妖怪蘊蓄に飢えていたようだ。「鍛冶が媼」が「猫」だったというエピソードには目から鱗と感動の涙が落ちまくり(私だけ?)。

雲外鏡

 雲外鏡というのは妖怪の名前ではなく、魔の正体を映し出す鏡のこと。某有名RPGでいうところの「ラーの鏡」だね。鏡が襲ってくるのは鬼太郎で、狸が化けた何でも映す鏡という伝説は映画「妖怪大戦争」が元ネタ。

 この「正体を映す鏡」というモチーフが京極世界の中で上手く料理されていて、そこだけ感心。脱力するくらい間抜けな話で、ラストの展開なんかも殆ど読めるんだけれど。

 あまり感想がないな、これ。

 ああ、本島くんは着実に下僕の道を突き進んでいる模様。関口のように自ら不幸を呼び込むといった超能力(?)もなくあくまでも受け身なので、一番哀れなキャラかと。まあ京極や榎木津の活躍をかぶりつきで見られる数少ない一般人なんだし、それぐらいのリスクは当然かな?

面霊気

 要するに優れた面には霊気が宿り、まるで生きているように見えるというもの。面というのは呪具としても比較的有名だし、石燕も付喪神について纏める際の1エピソードとして、面の怪を取り扱っておきたかったのだろう。

 今回の話では、残念なことに面が特に重要な役割をするというわけでもなかったのだが、作中で謎の一つとして提示されていた(そして京極堂にあっさり解かれた)「榎木津が探している鬼の面」の正体は、ちょっと面白かった。

 しかし、内容的には今一つ。黒幕のターゲットが唯一神榎木津という時点でもう彼らに勝ち目はないわけで、どうしても緊張感のない展開に終始してしまう。本島くんも鈍感なので危機感をあまり認識してくれず、被害者役としては不適切。やはり被害に遭うのは善良な一般人か、関口に限る。こうしてみると関口はやっぱり貫禄があるね、被害者として。何度被害に遭ってもへこたれるからね、彼は。


 以上がエピソードごとのコメントだが、全体的な印象を述べると、今回は前作(百器徒然袋――雨)に比べてかなり薄味だったと思う。五徳猫は辛うじて及第点を上げられるものの、以降は提示される謎も解決方法もパワーダウンする一方。頼みの妖怪蘊蓄も、この薔薇十字探偵シリーズは平均して少なめなのに、今作では殆ど全滅(五徳猫の蘊蓄は鍛冶が媼についてのものだったし)していて、どうしても満足感より物足りなさが先に立ってしまう。

 まあ今回は妖怪のチョイスが悪かったといえばいえるかもしれない。百器徒然袋には使えそうな妖怪がまだまだ沢山あるので、続編では上手な選出に期待。無論、なるべく早い本編の続きもお願いしたいところだけれど。 to top



130宮部みゆき『ICO−霧の城−』(講談社)
★★★☆☆

見捨てられた場所には、時として、
そこでなければ生きることのできぬ悲しいものが、
ひっそりと隠れ棲むことがあるものです。(P.278)

 PS2のアドベンチャーゲームとして一部で好評を博したICOのノベライズ。作者自ら制作スタッフに掛け合ってノベライズの許可をもらったという興味深いエピソードと、何より原作ゲームに填った身のため、書店で迷わず手に取った。

 山奥の美しい村トクサでは、頭に角が生えて生まれた子は生け贄として「霧の城」に差し出されるしきたりがある。城に囚われた贄は二度と帰ってくることはない。元気な少年イコは贄の宿命を背負って村に育つが、城へ旅立つ直前、村長に特別な御印を授けられる。
お前は我らの希望を背負い、"霧の城"に赴くのだ。お前はきっと、"霧の城"からこの村に帰ってくる
 霧の城で少年を待ち受けていたのは、一人の美しい少女と、しきたりに隠されし驚くべき真実だった……

 ゲームのノベライズはあまり読んだことがなかったが、なかなか新鮮な感覚が味わえた。ゲームをプレイした後なので分かるが、大まかなストーリーはもちろん、細かい設定や城の内観、序盤〜中盤の展開に到るまで、ほぼ原作に忠実に語られている。いや、むしろ原作では逐一言葉で説明されなかった部分が描写されることで、ゲーム中のもやもやした部分が解消され、よりいっそう作品世界を楽しめるようになっている。さすがベテラン作家だけあって、トクサ村や霧の城の美しさが豊かな表現で克明に描かれながらも、難解な言葉遣いの多用で読むものの目を止めることがないよう十分に配慮されており、淀みなく流れるようなリーダビリティは正に芸術品と呼ぶに相応しい。

 そして、作者の本領が発揮されるのはやはり中盤からのオリジナル部分である。第3章ではイコが霧の城で出会う少女、ヨルダの視点で霧の城の過去の出来事が語られ、続く第4章でその伏線がイコ自身に大きな影響を及ぼしていく。あくまでもゲームの世界観に則りつつも、大胆な脚色が加えられ、ゲーム本編からは想像の付かないような第二のICOの物語が紡がれていく。

 もちろんこれはICOという作品の一つの解釈に過ぎないかもしれない。しかし、ゲームをプレイした者にとって、紛れもなくICOだ、と感じられる物語であることもまた確かだと思う。もし本書を読まれ、まだゲームをプレイされていない方は、是非一度プレイされることをお薦めする。ふたつのICOを体験することで、改めてこの物語の真価を感じ得るに違いない。 to top



131浦賀和宏『眠りの牢獄』(講談社)
★★★☆☆


 読むのが2冊目となる浦賀作品……だが、色々な意味で読む順序を間違えたと後悔。ちゃんと刊行順に読まない私が悪いんだけれど、薄くて読みやすそうなものから手に取ったら、ありゃりゃ、といった次第(なんのこっちゃ)。

 と、あまり好意的ではない書き出しだが、別にこの作品の内容がいまいちだった、というわけではない。むしろ、癖の強そうな(偏見)浦賀作品を未読の人にも薦められる安定さのある佳品かと。160ページほどの短い話の中に様々なネタが詰め込まれており、お得な1冊でもある。

 無論、その詰め込まれたネタの全てがきれいに消化されているかといえばそんなこともないというか、むしろ複数のネタが一つに合わさることにより完全に消化不良を起こしている印象なのだが、それに腹が立たないのはやはり作者の技量によるものか、と妙な達観をしている自分がいる。この不思議さがコアなファン層を持ち得る所以か(偏見)。

 何とも曖昧な書き方しかできず申し訳ない。しかし、このミステリにおけるメイントリックは何か、と聞かれて答えられる人はいないのではないかと思う。私は犯人を推理していて、それとはまったく関係ないトリックを見破ったのだが、それはやっぱりまったく関係なかった。完全犯罪に利用されたトリック自体は意外性抜群ながら、作品中最も地味な描かれ方をしていて、もうあなた一体何がしたいのかと。まあ気になる方は読んでいただくしかない。

 浦賀は鬱、と散々聞かされていたせいか私はあまり鬱にはならなかったが、属性というか方向性としては間違いなく鬱だと思うので、後味の良い話が好きな方はご注意を。 to top


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