October 2004


太田忠司『狩野俊介の記念日
西澤保彦『方舟は冬の国へ
太田忠司『藍の悲劇
殊能将之『キマイラの新しい城

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136 太田忠司 『狩野俊介の記念日』(徳間書店)
★★★☆☆

「死んだひとのことを忘れてしまうのは、もう一度死なせてしまうのと同じです」
(P.46)

 4年ぶりの狩野俊介シリーズ新作。前作での予告通り、短編集。

 今回はタイトルに倣い、記念日の思い出が一貫したテーマとなっている。それほど奇を衒っているわけではないが、記念日繋がりで、聖誕祭〜大晦日〜誕生日〜○○の日(秘密)、と年末年始に掛けて時系列も連続しているこの構成はお見事。熟年の技とは、こういうさりげない部分にこそ光るものだろう。

 舞台が冬ということもあり、本作で描かれる物語は皆、どこかしらもの悲しい雰囲気を醸し出しいる(ま、最後の話はご愛敬だが)。晴れの日もどこかどんよりした曇り空、空気は澄んで、ときおり肌を刺すような冷たい風が吹き、街を行き交う誰もが慌ただしそうで、それでいて時は殊更ゆったりと流れている、そんな冬のイメージ。私の好きな冬のイメージと重なって心地良い。

 そんな冬空の下で語られるちょっとした謎。どれも仰々しい大事件ではないけれど、血も凍る惨劇だけがミステリの専売特許ではないと思わせるに必要十分な出来映え。中でも個人的に一番楽しめたのは、イブの夜の幸せな思い出を探す「思い出の場所」。たがみよしひさの「なあばすぶれいくだうん」でもイブを描いたお気に入りのエピソードがあって、それを思い出した。イブの夕暮れに探す過去の思い出は、果敢なくて切ない。

 さて、このシリーズも晴れて一つの区切りを迎えたようだ。次作以降にも期待大。 to top



137 西澤保彦 『方舟は冬の国へ』(光文社)
★★★★

「……いつかは、ね。夏休みは終わる。
どんな休暇もいつかは終わる。
気がつかないうちに秋が通り過ぎたと思ったら、
いつの間にか冬になっているんでしょうね」(P.206)

 小説宝石に連載されていたノンシリーズの長編。「カッパ・ノベルス」で「連載」といえば同氏の夏の夜会を思い出すが、あちらは完全な長編連載形式が貫かれていたのに対し、本作では全体に渡る大きなストーリーラインはあるものの、各話がそれぞれ完結したエピソードとなる、いわば連作形式が当初は目指されていた模様。

 ――と、まどろっこしい書き方をしたのは、その連作形式が破綻しているためだ。作者自らあとがきで弁明しているように、各話に配置される「独立した謎とその解決」という部分は至極あっさり目に描かれ、ストーリー全体への伏線描写などによりウエイトが置かれている。しかし、そのお陰で結果的に一本の長編として纏めて読むのに丁度良いバランスに仕上がっており、連載を読んでいなかった私は違和感なく読了できた。

 ストーリーは、作者お得意の「登場人物が唐突に不自然な状況に巻き込まれてしまう」パターン。見ず知らずの男女3人――彼らはある日から別荘の中に閉じこもり、仲の良い家族生活を偽装することになる。24歳の主人公は、なんと10歳の娘を持つ父親役を演じる嵌めに。一体なんの意味があってこんなことが行われているのか謎のまま、ぎこちなくも自分の役柄をこなそうと努力する主人公だが、突如発現した「ある超常現象」により、事態はさらに混迷していく。

 非日常の中で日常が描かれるという構成は、初期の単発SF作品を彷彿とさせる。西澤を読み慣れた人間ほど取っつきやすいと思う。但し、本作は本格ミステリではない(伏線の全てが全てにおいて理詰めで解かれる物語というわけではない)。謎解きのカタルシスを過度に期待すると肩すかしを食うだろう。

 まあ深読みせず、物語をゆったりと楽しむのが吉。読み始めたときには意味不明だったタイトルが、すっと心に染み通ってくるラストシーンは、何ともいえない余韻を味わわせてくれる。読み終わった本を置いて目を閉じ、主人公たちのその後に想いを馳せる。そんな楽しみ方を久しぶりに経験した。

 1冊の中に作者の全ての持ち味が凝縮された濃厚な『おとなのお伽噺』、眠れない夜のお供に、お酒と一緒にどうぞ。 to top



138 太田忠司 『藍の悲劇』(祥伝社)
★★★☆☆

「世の中のすべてが僕に原稿を書かせまいと企んでるみたいだな」
(P.117)

 悩める素人探偵霞田志郎の活躍を描く、太田忠司のメインシリーズ(と私は思っている)。事件に自分が関わることへの重圧に苛まれていた霞田がなにかを吹っ切って、自分の立場を積極的に捉えられるようになった『紫の悲劇』から続く、いわば「色シリーズ」の3作目は、『藍の悲劇』ということで、藍染がテーマ。舞台は名古屋市緑区有松町――って、有松絞りか。桶狭間、有松、鳴海。私の家のすぐ側だ。

 もともとこのシリーズは、私や作者の太田氏の住む愛知県がメインのフィールドとなっているため、近場が描かれても別段不思議はないけれど、ここまで近いとちょっとばかり感慨があるなあ。最寄りの警察署(緑警察)とか出てくるし。

 まあそれは置いておいて。色シリーズに入ってからことあるごとにちょっかいを掛けてくる警察OBの名探偵、男爵こと桐原嘉彦の突然の誘いで、藍染め作家たちと関わることになった霞田は、またもや殺人事件に巻き込まれる。果たして全ては桐原の策略なのか? 謎を解き明かした霞田を激しい情動が襲う。

 ふむ。今回はミステリ部分がそこそこロジカル。しかも、殺人事件の2つはホワイダニットがメインという本格っぽい構成が好印象。謎解きも、そのあとに控える桐原との対決もなかなか見応えがあったと思う。どうやら霞田は完全に桐原を「敵」と見なした様子。正直、桐原関係の伏線にはあまり興味がないのだが、今後の展開にはまあまあ期待が持てそうだ。

 対する日常&キャラ部分では、いつもの如く妹の千鶴が大暴れ。特に今回は霞田を慕う女性が登場したために、同じく霞田に焦がれる友人の亜由美を気遣ってことあるごとに茶々を入れまくり。さすがに今回は始末が悪すぎかと思う。中高生じゃあるまいし。まあそこに目を瞑れば、スローペースな恋愛ものとして楽しめる部分もあるかな。

 この作者の作品では人間の悪意というものにスポットライトが当てられることが多いが、今回も様々な形の悪意が作中の随所から滲み出ている。これらを霞田や千鶴がどう理解し受け入れていくか、という部分がこのシリーズを読み込むための重要な鍵となるのだろう。 to top



139 殊能将之 『キマイラの新しい城』(講談社)
★★★★

探偵ってのはみんな頑固な現実主義者ですから、
亡霊なんか信用するはずがありません(P.300)

 テーマパークを作るために日本に移築された欧州の古城の中で、アミューズメント会社社長が中世の城主、稲妻卿ことエドガー・ランペールの亡霊に取り憑かれた。彼は750年前に自分が一体誰に殺されたのかを知るため、現世に蘇ったのだ。突然の社長の乱心(他人にはそう見える)に戸惑った彼の部下たちは、探偵である石動戯作に依頼をするが、なんとテーマパークの中でも殺人事件が発生。果たして石動は750年の歴史に秘められた謎を解くことができるのか? ひねくれたミステリを書かせたら右に出るものはいない、殊能将之の真骨頂。

 まるでテーマパークのような、様々なアミューズメントが至る所に散りばめられた傑作。しかもその趣向ひとつひとつが、実にこの作者らしい味付け。石動シリーズの一作でありながら、本作の主人公が紛れもなく稲妻卿であることからもそれは窺える。当然、過去に起きた事件の謎を名探偵が解く(架空)歴史ミステリの体裁は保たれているのだが、それ以上に精神だけが現代に迷い込んだ中世の騎士が自分のいた世界とのギャップに右往左往する、タイムスリップものとしての面白さが本作の神髄なのだ。

 稲妻卿の、(日本人の脳を支配しているためにちゃんと日本語を介せながらも)言葉の認識がところどころずれてしまっていたり、日本の食文化に眼を白黒させたりするさまが描かれるたびに、微笑ましい気分になる。トキオーンのロポンギルズで異教の神殿群にびびるシーンなど最高におかしい。そのくせ決めるところでは中世の騎士らしく格好良く決めてくれるのだ。これを読めば、誰もが彼のファンになるだろう。リアリティ無視のトンデモ設定だとわかっていながらもつい乗せられてしまうのは、やはりこの作者の力量によるものだと思う。

 当然石動たち脇役探偵陣も負けてはいない。今回はアントニオも大活躍。そして容疑者を一堂に集めての謎解きは、当然の如く一筋縄ではいかない――本当に、なにからなにまで至れり尽くせりの内容である。

 それだけに、作中で提示されるもっとも魅力的な謎のひとつの答えが、ちょっと拍子抜けするものだったのが悔やまれる。この部分が膝を打つようなものだったなら、私は惜しみなく満点を出していただろう。それでも本作品は限りなく5つ★に近い4つ★である。本作単体でも、文句なく万人にお薦め。まあミステリ好きなら作者の過去作品を刊行順にすべて読み終えてから読んだ方がお得であること間違いないんだけれどね。 to top


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