163 飛鳥部勝則 『誰のための綾織』(原書房)
★★★★☆
悪事って、たぶんそんなものさ。
やっちゃいけないなんて当然だけど、でもやらずにはいられない。
何のため、とか、どうして、なんて関係ないんだ。
悪事をする、ということは、悪事をするということのみで完結している。(P.321)
ミステリー・リーグのラインナップ。本作が盗作による絶版回収騒ぎになっているというショッキングなニュースを耳にし、書店から消える前に慌てて保護&読了。
アクロさん情報ありがとうございます。
とある作家と担当編集者のミステリ談義。それはやがて『蛭女』という未発表小説の話題へと移る。問題だらけの作中作を間に挟み、筆者らしいガジェットの散りばめられた幻想的世界が織り成されていく。
読んでみてまず言えるのは、ミスリードが秀逸であるということ。ひねくれたミステリ読みを『真の解答』から遠ざけるべく張られた予防線の数々は正に綾を織るが如くなめらかで隙がない。私は八割方の趣向について看破できていたにも関わらず、『真の解答』を導き出すまでには至れなかった。(
本作はハウダニットに見せ掛けたフーダニットなので、『真の解答』とはもちろん犯人の――)
特に地震関係のミスリード。筆者自身の貴重な体験を無駄にするのは勿体ないとばかりに詰め込んだだけだろうと甘く見ていると、手痛いしっぺ返しを食う。この辺りの上手さは脱帽というほかなく、こうやって堂々と先入観を与えても心配ないと判断できるほどだ。
以上が誉めるべき点。このギミックだけを持ってすれば、ミステリランキングで上位に食い込むことは必死なのだが、いかんせんそれを阻むいくつもの欠点が本作には見受けられる。
私は以前からこの筆者の文章が苦手で、なかなか作中世界に入り込めないのだが、今回は前にも増してそう感じた。その一因には、淡泊で外連の少ない文章体や、なんでもかんでも台詞で説明しすぎということが挙げられるだろう。しかし今回、それだけでは説明の付かない気持ち悪さが読む手を滞らせた。
その正体は、あとから抜き出してみれば、登場人物たちが唐突に唱え出す聖書の引用だったり、高尚なことを宣った舌の根も乾かぬうちに妄言を垂れ流す不自然さだったり、口数の多さの割に全く定まらないキャラクタ性だったりしたのだが、案の定、その引用やキャラの肉付けの部分が元ネタからのトレースだった模様。読んでいた段階ではどの部分が盗用なのかという詳しい情報は耳に入れずにいたため、決定的な違和を悟れずにいたのだが、結果的には著者の言い回しと別人の言い回しが混ざってしまったがために生じた亀裂というか齟齬が、この気持ち悪さを生んでしまっていたのだろう。
それから、テクニックの問題。作中に前知識として呈示される「ある設定」のおかげで、本作の趣向に読者が気付きやすくなってしまっているのはどうにもマイナスなのではないだろうか。そこまで犠牲にして隠したい部分を隠した、ということなら立派ではあるのだが、それは筆者の本意ではないように感じられるのだ。本作の趣向は作中で指摘されるようにアンフェアギリギリなものではなく、十分フェアの範囲内だと思う。だから、筆者が望むならばもう少し意地悪にしても罰は当たらなかったはずだ。
ハウダニットについては期待以上の出来だと思う。短編ネタではあるが、作中作を支えるに十分なレベル。ただし、
時計に関してどうしても納得できない部分がある。P.336の説明で、もし彼女の時計が10分進んでいたなら、時刻は3:25を示していなくてはならないはず。おそらくは単純な表記ミスだと思われるが、トリックの根幹に関わってくる部分なのだから入念なチェックをするのが当然である。盗用問題といい、筆者や編集者は仕事が杜撰だと非難されても仕方がない。
読み終わって全体を俯瞰してみれば、リーダビリティの問題はあるものの、作中作という設定のお陰であまり暗くなり過ぎず、乗ってくれば中盤のテンポは軽快で、それでいて最後にきちっと引き締まる、重厚なフレンチのフルコースというよりは薬膳風の満漢全席のような傑作であり、上記の欠点がつくづく惜しく思われる。筆者も編集者も、詰まらないミスをしたお陰でこんな不幸な作品を生み出してしまったこと、大いに反省して欲しい。
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164 西尾維新 『ネコソギラジカル(下)』(講談社)
★★★☆☆
「いいじゃねえか、どうせ最後だ。みんなでヘタレて終わろうぜ」
(P.145)
戯言シリーズ完結編、
『ネコソギラジカル(上)』・
『ネコソギラジカル(中)』に続く最終巻。
思ったより、3割り増しくらいでグダグダだった。いっそ清々しいまでの伏線殲滅具合。消化でなく昇華でもなく小火。くすぶってる。
謎解きもラスボス戦もケリの付け方も期待外れだったが、中でも一番がっかりしたのはやはり哀川さん関係だろうな。セカイ系に親子関係を登場させた時点で嫌な予感はしていたものの、正に直球ど真ん中の展開になろうとは。爽やかな風。感動のラスト!
ま、置いておいて。内容として面白かったのは途中でラスボスが自ら「
なにも考えてませんでした」って言っちゃうところ。零崎やチームの人たちが、本当になんの役にも立たなかったのもある意味凄かった。某組織の誰が某組織の彼とか、まったく意味なし。ま、いーちゃん中心の世界観で語っているからみんな活躍していないように見えるのだろう。恐るべし戯言遣い!
書くこともなくなったので、戯言シリーズ全6作の私の中でのランキングでも挙げておきます。え、わざわざ出さなくてもわかるって? まあまあ。
第1位
『クビシメロマンチスト』 まさに傑作。ラノベとミステリの華麗なる融合。
第2位
『クビツリハイスクール』 シリーズの前途を決定付けた作品。でも小ネタ充実。
第3位
『サイコロジカル』 石丸小唄のひとり勝ち。ミステリを忘れなかっただけ偉い。
第4位『クビキリサイクル』 哀川潤のひとり勝ち。彼女が出なきゃ2作目も読まなかった。
第5位
『ヒトクイマジカル』 ラノベとは違うのだよ。
第6位
『ネコソギラジカル』 終わればなんでもハッピーです。
あーやっぱり出すまでもなかった。まあ私はこの作家に期待しているので、戯言シリーズという大きな枷がひとつ取っ払われたのは目出度いことだ。うん。
さて。彼が傑作ミステリを書き上げる間、りすかでも読んで待つとしますか。
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165 霧舎巧 『九月は謎×謎修学旅行で暗号解読』(講談社)
★★★☆☆
「そんなの決まってるじゃないか。
必要のない建物を新たに建築する理由は一つしかないよ。
死体を隠すためさ」(P.42)
しばらく続巻がストップしていた霧舎学園シリーズの新作がついに刊行。今回はやけに分厚い上、好例のおまけもプリクラ(型シール)がそのまま付いているなど豪華な作り。問題はこのプリクラのお陰ですごく読みにくかった(持ちにくかった)こと。出来れば最終ページ側に挟んで欲しかったな。
以下の感想はネタバレを含みますのでご注意下さい!
内容は毎度の如く、物語が始まって早々に事件が起こり、あとは主人公たちが延々いちゃいちゃしながら謎を解いたり解かなかったり(解かないのかよ!)。まあ今回は「暗号」がテーマなので最初に暗号が呈示されはするものの、陰惨な殺人事件なんかは起こらない――と思ったら、そんなこともなかった。
真相については、ちょっとそこまで考えが及ばなかったのだが、これはアンフェアすれすれだと思う。森博嗣の例などもあるから一概に非難できないが、彼の作品(どれとは言わないけれど)が『シリーズ読者ほど解答を得やすくなっている』のに対し、本作は『シリーズ読者ほど解答を得にくくなっている』のである。ミステリが騙されてなんぼのものである以上、効果的に騙されるのに前知識が必要な本作の評価は低く持たざるを得ない。
決め手になる証拠にしても、目星自体は早いうちに付いていたものの、アレまではしなかったため発見には至らなかった……というか、仮に発見できていてもそれが犯人の特定には繋がらないというか、読者にはそれ以上どうすることもできないというのがややアンフェア気味。その事実から「証拠になり得る」と想像することは不可能ではないが、確証が得られない以上はヒントとしては失格かと。読んでいない人にはなにを言っているのか分からない文章だな、これ。
ただ、館の暗号はそれなりによくできていると思う。まあこの解き方だと、何度か挑戦しているうちに偶然解かれてしまいそうなんだけれど、納得は可能。むしろ、ペガサスに角があった理由が結局明かされなくて気になった。なにか一言説明が欲しい。
ううむ。個人的にはこのシリーズ、あまり長く興味の持続するタイプの物語でもないので、もっと薄目の一発ネタで良いから、テンポ良くぽんぽん出して欲しい。テーマはまだ、あれもこれもそれも残っているし、ネタには困らない筈。
あ、ちなみに作中で出題された詰将棋の答えは、
2二飛成、同金、同角成、3一玉、3二金
の5手詰めですな。
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166 法月綸太郎 編 『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』(角川文庫)
★★★★☆
そういう所はちょっとソムリエに似ているかも知れない。
ソムリエたちがワインの香りの中に、
土や枯草、黴や木の皮の匂いを嗅ぎ分けるように、
精神科医も患者の醸し出す雰囲気を弁別する。
瞬時に判断を下さなくてはならぬ、という点も似ているだろう。(P.317)
有栖川有栖、北村薫に続く、ミステリ作家の編纂したアンソロジーシリーズ。偏屈で知られる法月が選出しただけあって、どれもこれも一筋縄ではいかないひねくれた作品ばかり。各短編は4つのテーマに沿って纏められているのだが、そのテーマの元ネタが辻真先の「仮題・中学殺人事件」から取られているのも面白い。
以下は、各作品の簡単な感想。
ミスター・ビッグ | ジャブとしてこの作品を持ってくる辺りがもうひねくれている。ニヤニヤしながら読んだ。 |
はかりごと | 誰かと思えば小泉八雲。呪いや執念の話は荒木飛呂彦の過去作品を思い出させる。 |
動機 | 作中のプールのエピソードが面白い。 |
消えた美人スター | 真っ向勝負の密室。短い中で真相が二転三転するのが良い。 |
密室 | ま、ひとつはこういう作品が入っていると思った。 |
白い殉教者 | 西村京太郎の初期作品には傑作が多いと聞いてはいたが、これを読んで初めて納得。 |
ニック・ザ・ナイフ | クイーンも絶対に入っていると確信していたが、ラジオドラマからとは意外な選出。しかもちゃんと本格してるよ…… |
誰がベイカーを殺したか | よく読めば簡単。 |
ひとりじゃ死ねない | 幻の中西智明作品。読めて幸せ。 |
脱出経路 | サスペンスフルな脱出劇に一捻り。イメージは映画の『CUBE』。 |
偽患者の経歴 | ドキュメンタリーなのか。完成度高い! |
死とコンパス | 読了後に冒頭を読み返すとびっくり。 |
前3つの章の、ワンアイデア・密室・犯人当て――と各テーマに沿って技巧が凝らされた作品群ももちろん素晴らしいが、とりわけ最終章である「脱出経路」以下の3作品が桁違いの面白さ。そのどれもが複合的なサプライズの要素を孕んでおり、短編とは思えないほどの衝撃と余韻を与えてくれる。傑作というのは長さに比例するわけではないのだと改めて思わされた。
12編でちょうど長編1本分くらいの厚さ。これならどこにでも持ち運べ、1編1編が短いため気楽に開くことができる。旅のお供などにはもってこいの、お薦めアンソロジーだ。
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